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超Q探偵  作者: XI
97/204

22-6

 ナースステーションで問い合わせ、ミン刑事の病室を訪れた。個室だった。彼はベッドの上で静かに横たわっていた。脚の傷は痛むだろうに平然としている。


 奥方はそんなミン刑事の姿を見て、ほおに涙を伝わせた。彼は奥方に向かって「なあリンシン、抱きついてくれたっていいんだぜ?」と軽口を叩いたのだけれど、彼女はかぶりを振って、「人前でそんなはしたない真似はしません」と気丈な言葉を口にした。


 ミン刑事が私のほうを向いた。


「どうして俺はここに搬送されたんだ? 救急車を呼ぼうにも、意識を失っちまってたってのに」

「善良な市民のおかげなんでしょう」

「だとすると、この街もそう捨てたもんじゃないな」

「その通りだと考えます」私はそう肯定した。「貴方を撃ったニンゲンの他に、見届け役がいたんでしょうね。貴方が太ももに弾を食らったことから、その見届け役は貴方がもう長くはないと踏んだ。そして、その旨を速やかに上に報告した」

「やっぱりヤクザが犯人か」

「どうせ突っ込んだ捜査をしていたんでしょう?」

「俺が何に首を突っ込んでいたと思う?」

「例のドラッグの件では?」

「正解だ。『蛾』を追っている」


 ドラッグの中毒者は副作用で虚空をさまよう黄金の蛾の幻覚を見るという。よって、単純に『蛾』と呼称することにしたのだろう。『蛾』をおろすニンゲンはヤクザであり、それを警察のお偉方は黙認しているに違いない。両者の間には賄賂のやりとりがあるのだと考えられる。そんな彼らにとって、『蛾』の件をしつこく洗うミン刑事はうとましくてしょうがないのだ。だから、彼を消そうとしたのだ。その推測に間違いはないと確信できる。


「油断していたよ。まさかいきなり殺しに来るとは考えていなかった」

「貴方が撃たれたという知らせは、当然、貴方を慕う部下の耳にも届いたはずだ」

「それでも動けなかったってんなら、上からストップをかけられたってことなんだろうな」

「彼らはさぞ、やきもきさせられたことでしょうね」

「そう思う」

「しかし、貴方は今、こうして生きているわけです。死なずに良かったと思います」

「抜かせ」

「本心ですよ」


 シーツに覆われている右の太もものあたりを、ミン刑事はさすった。


「まだ捜査をお続けになるつもりですか?」

「そりゃあな。乗りかかった舟ってヤツだ。ここまで来たら、とことんやってやるよ」

「だが、それではまた、奥方を危険にさらすことになるかもしれない」

「そのへん、聞かせてもらいたいな。リンシン、おまえはどうしたい?」

「貴方と一緒にいます。いえ。一緒にいさせてください」

「いいのか?」

「貴方は私のすべてですから」

「だってよ、聞いたか? マオ」

「自慢ですか?」

「ああ、そうだ」

「愛情とは、かくも美しいものなんですね」

「照れることなくクサいことを言うあたりが、おまえらしいな」

「今回の一件について、報酬を要求しても?」

「ああ。たんまり払ってやる。ところで、なんでそこにメイヤがいるんだ?」


 メイヤ君?

 私は背後を振り返った。

 確かに、茶色いボルサリーノをかぶった彼女が出入り口に立っていた。


 彼女はニコッと笑って見せた。


「いやあ、マオさん、さすがです。カッコ良かったです。見事にミッション・コンプリートですね」

「ずっとあとをつけてきていたのかい?」

「はい。私がマオさんから目を離すとか、あり得ないでしょう?」


 丸椅子に座っている私の背後から、メイヤ君が首に両腕を巻きつけてきた。


「思うに人生ってのは気まぐれなもんらしいな」ミン刑事は寝ぐせのついている髪を掻いた。「『カタギ』のと言うと響きがいい。だが、振り返ってみると、俺の行動はいつも正義だったってわけじゃないように思う。それでも締めつけるべきところは締めつけて、押さえるべきところは押さえてきた。俺は俺なりに信念を持って自分に課したルールを守って生きてきたつもりなんだよ。神様ってヤツが、そういった事情を汲んでくれたのかもな。だからこうして、また女房に会うことができたんだろう」

「しかし、果たして神様という存在は一人だけなのでしょうか?」

「あん? なんだ、いきなり」

「いや、一人の神様の手によってヒトの一生が決められているのだとすると、それは非常にタチが悪いことだと思いましてね」

「そりゃそうだ。たまにはいいことを言うじゃねーか」

「恐縮です」

「今の俺にとって、おまえは神様だよ。女房を助けてくれたおまえは神様だ」

「そうお考えなら、これからも奥方を大切になさってください」

「言われなくたってそうするさ。だけどな、マオ。俺はまだ、メイヤのことを諦めたわけじゃないぜ。俺と女房の間にメイヤがいる。それほど幸せなことはないだろうからな」

「マオさんが死んじゃったら考えます」メイヤ君が私のほおにほおずりをしてくる。「裏を返せば、マオさんがいる限り、わたしは他の男性にはなびかないってことです」

「なびけだなんて言ってねーよ。俺のガキにならねーかって言ってるんだ」

「なりません」

「けが人にあんまりピシャリと言ってくれるなよ」

「それじゃあ、帰ろうか、メイヤ君」と言って、私は丸椅子から立ち上がった。「ちょっとした修羅場だったからね。じゃっかん、疲れてしまったよ」

「事務所に戻ったら、美味しいコーヒーを淹れて差し上げます」

「そうしてもらえると嬉しい」

「なあ、メイヤ」

「なんでしょうか、ミン刑事」

「マオってのは案外、危なっかしい野郎だよ。ひょうひょうとしているくせに、誰かの助けになると思ったらなりふりかまわず突っ走りやがる。おまえはそんなやっこさんを繋ぎ止める鎖であるべきだ」

「それはわかりきっていることです。任せてください」

「なら、いい」


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