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超Q探偵  作者: XI
91/204

21-3

 それからひと月ほどが経過した頃、私とメイヤ君は再びくだんの『ジャズ・バー』を訪れた。


 マスターからニルス氏は亡くなったのだと聞かされた。彼の演奏に魅せられたファンは多いようで、だから式に参加したニンゲンは多かったらしい。


 テーブルで、メイヤ君と向かい合っている。一杯目は機嫌良く飲み、二杯目になるとほおが桃色に染まり、三杯目になると著しく陽気になり、四杯目ともなると眠気が差してくるメイヤ君だ。


「そっかあ。あのカッコいいサックス吹きさんは亡くなられてしまったのですかあ」メイヤ君はそう言うと、レッドアイをこくりと飲んだ。「とってもお上手だったのに、残念ですねぇ」

「いつもの君なら泣いてしまうところだと思うけれど」私はカウボーイをすする。「今夜はそうじゃないんだね」

「泣いちゃいそうだったりはするのですけれど、あのサックス吹きさんは楽しそうでしたから。サックスを吹いている時は、とても幸せそうでしたから」

「そう見えたのは、あながち錯覚ではないのかもしれないね」


 ベースが低く弾かれる。

 ドラムが静かに叩かれる。

 ピアノが硬質に響く。


「あの日、あの夜、わたしはおんぶをしてもらって帰宅したわけですけれど、マオさんはサックス吹きさんと、どんな会話をしたんですか?」

「さあ。どんな話だったかな」

「はぐらかさないでくださいよぅ」

「彼は稀有な人物だったよ。見た目はおろか、話す言葉も一々美しかった」

「ファンになれそうだったのになあ。あのヒト、レコードを出したらきっと売れたと思います。素人のわたしにもわかるくらい上手でしたから」

「サックス吹きか、数学者か、あるいは将棋指しか。次にまたヒトとして生まれてくるようなことがあれば、そのうちのどれかになりたいな」

「将棋って、異国のアレですか?」

「うん」

「数学者は突拍子もない話ですし、将棋指しも難しそうですけれど、サックス吹きになら、今からでもなれるのではありませんか?」

「君には話していなかったね」

「何をですか?」

「私は楽器が下手くそなんだ」

「まあ、マオさんがカッコ良く楽器をやるところは想像できないですね」

「そこまで言われると傷つくね」


 サックス吹きの彼の、ニルス氏の胸に、膨らんだ乳房に触れた際の感触を思い返す。確かに柔らかかった。バスローブから覗く谷間も女性的な曲線を描いていた。


 ニルス氏は『彼』でもあり、『彼女』でもあった。

 どっちでもあって、どっちでもなかった。


 天国でもニルス氏は、きっとサックスを吹くことだろう。

 天使達から拍手と賞賛を受けるはずだと私は思う。


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