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事務所に戻ったところで、ちょうど電話が鳴った。私が受話器を取った。相手はミン刑事だった。
「三件目だよ」
「だろうと思いました」
「何?」
「さっき、犯人らしき男と出くわしたんですよ」
「わかった。会って話そう」
「どちらに伺えばよろしいですか?」
「現場に来い。アパートの住所を言う。メモれ」
「メモは必要ありませんよ」
「ああ、そうか。そうだったな」
私とメイヤ君は三人目の被害者のアパートを訪れた。三階の一室だ。リビングの窓にはやはり血の手形がついている。ベランダへと続くガラス戸がやぶられた形跡はない。玄関から押し入っただろうということだ。施錠されていなかったとは考えにくい。そうであることから、被害者はあとをつけられたのではないか。そして帰宅し、ドアを開けたところで襲われた。
私はリビングのテーブルの前に横たわっている女性の死体を観察しながら言う。
「こちらの被害者女性に同居人は?」
「いねーよ。一人暮らしだ」
「それにしても、綺麗な切り口だ。相当、ナイフの使い方に慣れているようですね」
ミン刑事は「ああ。そして例によって穏やかな死に顔だ」と言うと、「メイヤ」と彼女に声をかけた。
「はいです」
「おまえも姿形を見たんだろう? どうして被疑者だとわかったんだ?」
「右手からぽたぽたと血をしたたらせていたのですよ」
「馬鹿な」
「でも、本当のことなのです」
「被疑者の特徴は?」
「髪も肌も真っ白な男性でした。瞳だけが異彩を放つような紅茶色で」
「そいつに対してどんな印象を抱いた?」
「印象を抱いたっていうか、警察に掴まるようなドジは踏まないだろうなって感じました」
「失礼なヤツだな、おまえは。だがまあ、そういうことなのかもしれないな」
「ミン刑事はわたしがタフになったとおっしゃいましたけど、やっぱりそう強くはあれないようです。事実、目の前のご遺体を見てヘコんでいるのです……」
「おまえはそうあってしかるべきだよ、メイヤ」
「はい……」
「なあ、マオ」
「なんでしょう?」
「おまえさんが取り逃がしたツケは、きっと高くつくぜ」
「かも、しれませんね」
「簡単に認めるんだな」
「危ない気がしたんですよ。だからこそ、一歩前に踏み込めなかった。ぱっと見た瞬間はキツネにしか見えなかった。だけどあれは、きっと狼の眷属だ。そして」
「そして?」
「いや。少々、言葉ををかわしたくなるような人物だったなと思いまして」
「殺人鬼に何を問いたいんだ?」
「さあ。なんでしょうかね」
「相変わらず、良くわからんヤツだよ、おまえは」
「自覚しています。亡くなった女性はあわれだとは思いますが」
「そもそもどうして若い女ばかりを狙うと思う?」
「『彼』からすれば、別に女性ではなくても良かったのでは?」
「というと?」
「弱者を狙った犯行ではない、ということです」
「それもまた、良くわからん理屈だな」
「らしき人物に出くわすようなことがあれば、迷わず撃たれたほうがいい」
「忠告か?」
「いえ。警告です」




