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超Q探偵  作者: XI
86/204

20-5

 翌日、昼間。


 比較的明るい『フートン』にあって、血液を右手の指先からぽたとぽたとしたたらせている男と出くわした。ただならぬ雰囲気を感じてのことだろう。その様子を目の当たりにした人々は躊躇なく店に引っこんだり逃げこんだりしたわけだけが、しかし私の場合、ささやかかつ中途半端な正義感がひょっこり顔を覗かせた。そんな私のような人間がいてもいいだろう。


 いわゆるアルビノなのだろうか。その男は髪も肌もことのほか白い。ただ、すれ違う際に見た瞳の色は美しい紅茶色をしていて……。


「止まりなさい!」


 私は振り返りざま、その男の背に銃口を向けた。男は長く真っ白な髪をポニーテールに結わえている。彼との間は十メートルほど。撃てば当たる。そんな距離だ。


 男はゆっくりとこちらを向いた。そして、にぃと目を細めた。恐ろしいまでに、過剰なまでに整った顔立ちに悪寒すら覚えた。天使か、そうでなければ堕天使か。着衣は白いシャツにグレーのタイトなパンツ。男は尚も笑みを崩さない


「止まれとは、僕に言ったのかな?」

「そうですよ。貴方以外に誰がいるというんです」


 威嚇で一発撃った。弾丸がほおをかすめたにもかかわらず、男は微動だにしなかった。


「次は当てますよ」

「君がそう言う理由。そこのところを是非とも知りたいな」

「この街において、最近、女性が二人殺されました。犯人は貴方でしょう?」

「憶測かい?」

「いえ。今、貴方を見て、憶測は確信に変わりました」

「君のひらめきは、まったくもって正しい。女性らを殺したのは、間違いなく僕だ」

「その上で、手形という格好で指紋を残した」

「うん、そうだね」

「貴方はどうかしている」

「だったら、撃ちなよ。当たりはしないだろうけれど」

「何をもって、そう?」

「険しい顔をしていても隠せないよ。君は心の優しいニンゲンなんだ」

「殺人犯に情けをかけるつもりはないのですが?」

「だったらやはり撃てばいい」

「一体、何が目的なんです?」

「目的なんてない。目的を持つ必要も。ただ言っておきたいことはある。僕はこの世界における自らのせいを尊いものだと感じていて、かつ自らを愛している。それはうぬぼれだと思うかい? 世界を楽しもうとする僕のことを君は良しとはしないのかい?」

「何を言っているんです?」

「言葉通りの意味だよ」


 男はズボンのポケットから何かを取り出した。それはバタフライナイフだった。刃を露出させ、ふふと笑いながら、ふてぶてしいまでの上目遣いでこちらを見つめてくる。


「勝負をするかい? 僕はそれでも一向にかまわないのだけれど」

「足を撃ちます」

「撃ってみなよ」

「場合によっては頭を撃ちます」

「だから、撃ってみなよ」

「貴方は、一体……」

「他者は僕のことを単なる殺人鬼だと評していることだろうね」

「それは誤りだと?」

「君に問いたい。ヒトを殺めることに理由なんて必要かな?」


 私は舌を打った。返す言葉が見当たらない。返すべき言葉すらも。


「それでも貴方は愚かなのだと思います」

「精一杯の反論が、それかい?」

「五分ほど時間をいただければ、必ず論破してみせますが」

「確かに君との議論は面白そうだ。けれど、今はまだ、その時ではないように思う」

「貴方は絵に描いたような要注意人物だ。まったく、取り扱いに困る」

「あるいはそう受け取られてもしかたがなしれない。だけど、僕は僕自身がアナーキストだなんて思っていない。君がもし僕のことをそう捉えているのだとするのであれば、その解釈には間違いがあるということになる」

「今一度、伺います。貴方は何者なんですか?」

「さあ。だけど今の時点で破壊を好んでいることは事実だよ。それでも追いかけてくるようであれば、僕は君の相手をしよう。その際には、生身の殺意を持って挑んできてほしい」

「気を取り直しました。やはり撃ちます」

「根源的にそれは正しい判断と言える。だが、君にとって僕はどうでもいいニンゲンであるはずだ。通りすがりのニンゲンでしかないはずだ。その点について、君はどう肯定し、またどう否定する?」

「肯定する材料は見当たりませんね。否定をする言い訳も」

「だったら、僕のことを容認しなよ。確固たる意志を持たないニンゲンなんて無価値なのだから」

「狂っていますね」

「だからこそ一般的な価値観で言うと、それは間違いではないと言っている」


 路地から飛び出してきたメイヤ君がいきなり私の腰にしがみついてきた。「ダメです、マオさんっ、ダメですっ!」などと言う。銃口がブレた。


「何がダメなんだい?」

「あんなの、相手にしちゃダメです。ヤバい香りがします!」

「だからこそだ。ここで始末しないと厄介なことになる」

「でも、ダメですっ!」

「そちらのお嬢さんは賢明だね」白い男はしれっとそう言った。「退しりぞくことをオススメするよ。今、状況を続けたところで、君にとって有意義なことは一つもない」

「そうですよ、マオさん! いいことなんて、きっと一つもありません!」

「とは言ってもだね、メイヤ君」

「やめてください、お願いしますっ!」


 メイヤ君がいよいよ腰に両腕を巻き付けてきたので、銃口を向けることをやむなくやめた。やめざるを得なかった。


 真っ白な男は微笑だけ残して向こうへと消えゆく。やはり右手から血液をしたたらせながら。メイヤ君に拘束されていることもあって、私はその背を見送ることしかできなかった。


 私が小さなリボルバーを懐におさめたところで、メイヤ君はようやっと離れてくれた。彼女は「アレはダメです。あんなの、相手にしちゃダメです」だなんて言う。


「どうしてだい?」

「ですから、危険な香りが漂っているからです。直感的にそう感じました」

「君は鼻が利くニンゲンだとは知っているけれど、だからといって、ああいうやからをゆるしていいだなんて法はないよ」

「ですけど」

「まあ、そうだね。実は私も怖かった」

「えっ、そうなんですか?」

「ああ。得体が知れなかった。そんな相手を向こうに回すことほど、怖いことはないよ」

「だったら」

「だからこそ、仕留めるべきだった。千載一遇のチャンスだったように思う。が、やめよう。逃してしまった以上、何もかも無意味だ」

「私のことを怒っているのですか?」

「いいや。そんなことはないよ」

「何者なんでしょう、あのヒトは……」

「さあ。ただ、彼の言葉には得も言われぬ力があった。であるからこそ、余計に不気味だ。まいったな」私は長い前髪を掻き上げた。「そうか。あんな男が、この街にはいたのか……」

「真っ白な男、でしたね」

「ああ。真っ白な男だったね。髪はおろか、肌まで真っ白だった。中性的で、だからポニーテールも良く似合っていた。まずは彼の名前を知りたいな」

「追うつもりなんですか?」

「場合によっては」

「そんな、やめてください」

「わかっているよ。ああ、わかっている」


 そうは答えたのだが、いつかまた、彼とは対峙するような気がしてならない。


 宿命。


 そんな言葉すら、頭に響いた。


 勘繰りすぎだろうか……?


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