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事務所に戻ると、早速、メイヤ君がコーヒーを出してくれた。それから彼女は私の向かいのソファにつき、しつこく息を吹きかけてから、コーヒーをすすった。
「首を切り裂かれて殺されるという事件は珍しくないのでしょうか?」
「私が知る限り、そういった事例は過去に四件ある」
「おぉ、良く覚えていらっしゃいますね」
「記憶しておくことくらい、わけないよ。一応、記事をファイリングしてはあるけれど」
「それで、その四件はもう解決しているのですか?」
「ああ。殺害の動機については怨恨、色恋沙汰といったところだね。尚、これはあとからミン刑事に聞かされたことなんだけれど、四件とも、犯人には死刑が執行されている」
「えっ、そうなのですか?」
「ああ。この国の司法は簡単に極刑を言い渡すんだよ」
「殺人を犯したニンゲンに未来はないってことですね」
「そういうことだ」
「話を戻しますですよ。今回の件については、犯人は血に右手を浸した上で、ガラス戸にべったり触れたわけですよね?」
「その点が最も不可解だ。その理由について、君はどう考える? ガラス戸に触れることにはまるで意味がない。指紋が『まるまんま』、残ってしまうわけだからね。そうである以上、犯人にとってはまるでメリットがない」
「やはりある種の愉快犯なのでは?」
「そう考えるのが適当なんじゃないかな」
「警察とのいたちごっこを楽しむ。そんな輩と言ったところでしょうか」
「現状を整理するとそうなのかもしれない。だけど、それ以上のスケール感を覚えたりもする」
「といいますと?」
「物々しさは勿論のこと、得体の知れなさ、不気味さを感じずにはいられないということだよ。やはり、どうにもきな臭い」
「探偵の勘が、そうささやくのですか?」
「ひと言で片付けてしまうと、そういうことになる」私はコーヒーに口をつけた。「とりあえず、調査してみよう。犯人の目星がつけば御の字だ。ところで、メイヤ君」
「なんでしょうか」
「どれだけ言い聞かせたところで、やっぱり君は私のことを追いかけてくるんだろう?」
「何度も言わせないでください。それはもう、全力で追いかけますですよ」
「もはやそれを止めようとは思わない。だけど、一つ、約束しなさい。危ないと感じたら、なりふりかまわず逃げるように」
「それは言われずともわかっています」
「本当に理解してくれていると考えていいね?」
「わたし、走るのは大得意です」
「ならいい。私の君に対する信頼を揺るがせにしないでほしい」
黒電話がジリリと鳴った。早速、受話器に飛びついたメイヤ君である。彼女は「あぅ、そうなのですか。ええ、はい、わかりました。すぐに伺います」と言って、電話を切った。
「誰からの電話かな?」
「ミン刑事からです。また首を裂かれた女性の死体があがったそうです」
「警察も休む暇がないね」
「現場に直行しましょう」
「ああ。そうしようか」




