19-7
目覚めた。
右手が温かい。他者の温もりを感じる。メイヤ君が私の右手を両手で包み込み、ぽろぽろと涙をこぼしていた。
「やっと起きましたですね、マオさん」彼女はゆっくりと私に覆いかぶさってきた。「つらかったです。苦しかったです。マオさんに置いていかれるんじゃないかと思って……」
「胸を撃たれておきながら良く助かったと思う」私は苦笑をまじえつつ、吐息を漏らした。「ああ、本当に良く助かったものだね。ちょっとした奇跡だ」
「弾は貫通しましたけど、本当にヤバかったんですよ?」
「死に損なった気分だよ」
「そんなこと言わないでください。マオさんの馬鹿っ」
「わかっているよ。心配をかけてすまなかった」
「そうですよぅ……」メイヤ君は私の耳元でしくしくと泣く。「頭を撫でてください。ぎゅっと抱き締めてください。お願いします」
言われた通りにした。
すると、やがてメイヤ君は体を起こし、涙を流しながらも、満足そうな笑みをこしらえて見せた。
「病院の、個室なんだね、ここは」
「言わずもがなです」
「大部屋で良かったのに」
「たまたまここが空いていたのですよ」
「ふむ。で、どうしてそこにミン刑事が突っ立っているんだい?」
「わかりませんよ、そんなこと。ただ毎日お見舞いに来ているというだけであって」
「ミン刑事」と私は呼びかけた。「どういうおつもりなんですか?」
「そう突き放した言い方をしてくれるなよ」ミン刑事は寝ぐせのついた頭を掻いた。「あの暗い路地で、おまえを撃ったあと、メイヤは泣いたんだ。おまえが救急車にのせられるや否や、俺を責め立てたんだよ。俺とおまえは撃ち合ったわけだが、メイヤにはどうしても俺のほうが悪者に見えたらしい。まあそういうこともあってだな、だからこうして見舞いに来てる」
「自分を選べ。私には貴方がそう言ったように聞こえましたが」
「メイヤが俺のほうに駆けてくるようなら、こんな事態にはならなかったさ。だが、メイヤは誰よりおまえのことが好きなんだって言った。つまるところ、その『絆』に妬けたんだ。だから思わずトリガーを引いちまった」
「ミン刑事のお気持ちはわかりました」メイヤ君が言う。「だけど、わたしはやっぱりマオさんのことが好きなのです。マオさんと一緒に暮らしたいのです」
「だから、それはわかっちゃいたんだよ。認めたくはなかったってだけさ。だが、今回の件でいよいよ思い知ったよ。俺の出番はないんだってな。ところで探偵サンよ」
「なんでしょう?」
「『蛾』の売買について、俺は噛んでると思うか?」
「噛んでいないと思います」
「それがおまえの結論か?」
「根拠なんてありませんがね」
「つくづく『甘ちゃん』だな、おまえは」
「自覚していますよ」
ミン刑事は微笑し、「じゃあな」と言うと身を翻し、病室をあとにした。
「メイヤ君はどう思う?」
「どう思う、って?」
「ミン刑事は『蛾』の取り引きに関与していると思うかい?」
「マオさんが言った通り、『蛾』の売買とは無関係だと思います。なんとなーく、そんなふうに思うのです」
「私と同じ見解だということだね」
「そういうことなのです」
「今回の一件で、ミン刑事は意外と人間くさいことを知った。実は本当に、『蛾』の出所を探っているんじゃないかな」
「だとしたら、危ない橋を渡っていることになりますね」
「そうだね。下手をすればヤクザに消されかねない」
「ミン刑事が正義の味方だったらいいのですけれど」
「少なくとも、悪の手先ではないように思う」
「だけど、マオさんを撃ったことはゆるせません」
「対峙したのはアクシデントのようなものだ。私はそう考えている。後々にまで根に持って引きずるようなことでもない。さて、それでは事務所に戻ろうか」
「えっ、動いても大丈夫なんですか?」
「胸の傷は痛むけれど、病院にいると息が詰まる」
「心配ですよぅ」
「通院はするから。まずは我が家に帰ろう」




