15.『コインランドリー』 15-1
ある日の十八時頃。
事務所の出入り口の向こうから「マオさーん、開けてくださーい」と声がした。私は折り畳んだ新聞をデスクに置き、それから席を立ち、歩みを進めて鉄扉を開けた。ピンク色の丸いバスケットを両手で抱えているメイヤ君が入ってきた。バスケットの中身は洗濯物。彼女はコインランドリーの帰りなのである。
なぜかはわからないが、彼女はぷんすか怒っている様子だった。床にバンと乱暴にバスケットを置くと、左右の壁に取り付けてある金具にワイヤーを引っ掛けた。ピンと張ったワイヤーを部屋に横断させたのである。そのワイヤーを活用して洗濯物を干すわけだ。シャツやズボンを干すにあたってはハンガーを使い、スカートや下着を干すにあたっては洗濯ばさみを用いる。その様子を、私は回転椅子の上から眺めていた。
やがて物干し作業を終えたメイヤ君がやってきた。デスクの上にどすんと腰掛ける。
「メイヤ君、デスクに座るのはやめなさい」
「その意見は却下します」
「却下って、君ねぇ」
「あー、もうっ。ちくしょうなのです」
「どうしたんだい、ぷりぷり怒って」
「洗濯物が盗まれてしまったのですよ」
「盗まれた?」
「はい。私の下着が一着、盗まれたのです」
「洗濯が終わるのを待っていなかったのかい?」
「小腹がすいてどうしようもなかったので、乾燥機に突っ込んだところでシュウマイを買いに出たのですよ。その隙にやられちゃいました」
「コインランドリーで洗濯物から目を離しちゃいけないよ。この街では盗みなんて日常茶飯事なんだから」
「でも、ほんの五分、十分のことだったんですよ?」
「盗むより盗まれるほうが悪いんだよ」
「そんな理屈は通りません。やっぱり盗むほうが悪いのです」
「ちなみに、どんな下着を盗まれたんだい? ブラジャーかい?」
「ショーツです。Tバックです」
「Tバック?」
「そうです。黒いTバックなのです」
「犯人は男性かな」
「そうに決まっているじゃありませんか。あー、気持ちが悪いです。きっとオナニーの道具とかにされちゃうのですよ? マオさん、わかりますか? オナニーですよ、オナニー」
「そうだね。そうなのかもしれないね」
「でしょう?」
「うん」
「いっそ、捕まえてやりませんか?」
「その下着泥棒をかい?」
「はい。『こういうこと』をする輩って、常習性があるように思うのです」
「捕まえたところで、お金にはならないなあ」
「お金より倫理を重んじるのが、我が探偵事務所のモットーじゃありませんか」
「勝手に勝手なモットーを持ち出さないでほしい」
「とにかく捕まえてやりましょーっ」
「その方法は?」
「任せてください」
メイヤ君はこちらを振り向いて、にやりと笑ったのだった。




