14-4
ソウハ氏のあとに続く格好で入室した。ふかふかの白いじゅうたん。宝石のように細かくきらめくシャンデリア。立派な客間としか言いようがない。
私とメイヤ君は勧められ、二人掛けの茶色いソファに並んで座った。ヤーイー氏はというと、深々と慇懃に頭を垂れ、それから退きつつ部屋の戸を閉めた。これから私がソウハ氏に話す内容を知っている彼女からすれば胸はドキドキしっぱなしであることだろう。扉は閉めたものの、その向こうで聞き耳を立てているかもしれない。いや、彼女のような真面目で控え目な人物に限って、それはないか。
向かいのソファの上で、美青年はゆったりと微笑んだ。
「マオさんの隣にいらっしゃる、そちらの女性のお名前は?」
「メイヤ君といいます」
「メイヤさん?」
「はい。メイヤです。『開花路』では、もっぱら、メイヤちゃんで通っています」彼女はハキハキとそう答えた。「なにとぞ、以後、お見知りおきを」
「綺麗な金色の髪をしていらっしゃる。ブルーの瞳も青空のように素敵だ」
「お褒めにあずかり光栄なのです」
「ところで、マオさん。探偵さんが、私になんの御用でしょうか?」
「率直に申し上げます」
「結論から言ってくれるヒトは好きです。裏を返せば、回りくどい言い方は好きではありません」
「ヤーイーさんは、貴方のことを好いておいでだそうです」
「ほぅ」
「驚かれないのですね」
「はい、まあ。ああ、失礼をしました。お茶は何が? 紅茶ですか? コーヒーですか?」
「あっ、じゃあ、オレンジジュースがいいです」
「いえ。お茶は結構」
「ぶぅぶぅ、マオさん、お言葉には甘えましょうよぅ」
「メイヤ君、君は黙っていなさい」
「ぶー……」
「そうですか。ヤーイーはマオさんにそのようなことを話したんですか」
「そういうことです」
「彼女の私への想いが確かなものだとします」
「ええ」
「だとした場合、彼女が誰かに胸の内を打ち明けたかった理由はわからないでもないんですよ」
「と、いうと?」
「私は明後日、挙式するんです」
「貴方がお生まれになる以前から決められていたフィアンセと、ですか?」
「そうです」
「なるほど。となると、ヤーイーさんが私に相談されたのは、切羽詰まってのことだったのかもしれませんね」
「そうなのかもしれません」
「時にソウハさん。貴方にとって、ヤーイーさんはどういった人物ですか?」
「その点について、今、言及したところで何か意味がありますか?」
「ありますよ!」メイヤ君が勢い込んだ様子で口を挟んだ。「挙式は明後日なんでしょう? だったら、まだ間に合うじゃありませんか!」
「メイヤ君、しつこいよ。君は黙っていなさい」
「いいえ。助手として言わせてください!」
「メイヤ君」
「でも、マオさん!」
「黙っていなさい」
「ぶー……」
「私はこの家を継ぐ人間です」ソウハ氏は穏やかな笑みを崩さない。「そうである以上、連れ合いはそれなりの家柄にある者でなければならない」
「そうなのでしょうね」
「おわかりいただけますか?」
「理解はできます」
「私の妻になる女性、シンリーというのですが、端的に述べてしまうと、彼女は非常に高飛車で高慢な性格です。家柄を笠に着て、高圧的に振る舞います。気遣いもできない、いえ、気遣いをしようとすらしない人間です」
「しかし」
「ええ、私は明後日、結婚します。家の掟に従う。そうあるべきだと考えているからです」
「シンリーさんと一緒になることについては、やはりやぶさかではないと?」
「ええ」
私はソウハ氏の目を見つめる。ソウハ氏もしばし見つめ返してくる。その瞳には決意のようなものが見てとれた。
「私が申し上げられることは、もうないようですね」
そう述べて、私が辞去しようと腰を上げると、メイヤ君が「ダメですよ、マオさん、ここで引いちゃダメですよ!」と訴えかけてきた。「ソウハさんとヤーイーさんは両想いじゃないですか。ね? そうですよね? ソウハさん」
メイヤ君の質問は実に思い切った内容だが、ソウハ氏は笑みをたたえたまま。「そうだ」とも「違う」とも言わない。
「ソウハさん、言ってください。ヤーイーさんのことが好きだってはっきりと言ってください!」
「メイヤさん。貴女のご期待に応えることはできませんよ」
「家柄うんぬんのせいですか? それともヤーイーさんのことが好きじゃないからですか?」
ソウハ氏はやはり何も答えない。凪のように穏やかな笑みを浮かべたままでいる。対してメイヤ君は眉根を寄せて不満げな表情だ。それどころか、ほおをぷっくりと膨らませて見せた。
「明晩六時より、本家において晩餐会を執り行います。婚儀前のパーティです。マオさん、それにメイヤさん、これも何かのご縁です。よろしければご出席いただけませんか?」
「いいです、そんなの。誰が出てやるもんですかっ!」
メイヤ君は肩を怒らせて立ち上がった。ぷんぷん怒っている。が、すぐに何かに気づいたようにハッとした顔になり、「いえ、やっぱり出ます。ぜひ出席させてください!」と答えを変えた。
どうして回答を翻したのだろうと思ってメイヤ君のことを見ると、爛々とした目を向けてきた。それなりに長くなってきたつきあいだ。その悪戯っぽい顔を見るだけで、彼女が何か企んでいるであろうことはすぐにわかる。
部屋の出入り口へと向かう。ソウハ氏がドアを開けてくれた。外ではヤーイー氏が待っていた。
「あの、えっと、お疲れさまでした」ヤーイー氏は行儀良くお辞儀をして、それから顔を上げた。「お話はその、終わりましたか……?」
「ええ。大体、済みました」メイヤ君の声のトーンは明るい。「とっても有意義なお話を伺うことができました」
「有意義?」
「有意義です。さて、ヤーイーさん、ちょっと歩きましょうか」
「えっ、歩く?」
「玄関までご一緒しましょうってことです」
「あっ、そういうことでしたら、はい。ご案内させていただきます」
メイヤ君とヤーイー氏が私の前を行く。二人並んで玄関のほうへと歩みを進める。歩きながら、自分より頭半分背丈の低いヤーイー氏に、メイヤ君は何やら耳打ちした。ほんの短い耳打ちだった。「えっ」と声を発して、足を止めたヤーイー氏である。
「メイヤさん、貴女は一体、何をおっしゃって……」
「言うことを聞いてください。お願いします」
「でも……」
「とにかくわたしの言う通りにしてください。お願いします」
「そこまでおっしゃられるなら、一応、頑張ってみますけれど……」
「一応じゃなくて盛大に頑張ってください」
「ですけど、その……」
「いいから頑張ってください! 約束ですよ!」
「は、はいっ、わかりました!」
メイヤ君のあまりの勢いに、気圧された感のあるヤーイー氏である。
「なんのお話かな?」私の隣に立っているソウハ氏は尚もにこやかな表情。「メイヤさんはヤーイーに何を言ったのだろう」
「現状、彼女の真意はわかりかねますが」私は肩をすくめた。「まあ、なるようになるし、なるようにしかなりませんよ」
「なるようになる、か……」
「それが何か?」
「そういう考え方は、嫌いではないんですよ」
「だとするなら、今はただ、時が過ぎるのを待てばいい」
「貴方は年長者らしく振る舞われますね。しかし、私はそれが嫌いではない」
「年の功というヤツでしょうか」
「いえ。元よりの人徳でしょう」




