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いつも賑わいを見せる大通りと、大小様々な『胡同』とで構成されている『開花路』の中心部から多少ならず離れたところに、『郊外の丘』と呼ばれる地域がある。住んでいるのは金持ちばかりだ。家は大きく庭は広く、芝生の色はもれなくは青い。私が暮らすにあたっては一生縁のない土地と言える。街中からの交通手段は車しかない。私とメイヤ君はタクシーを使って目的地を訪れた。
タクシーから降車し、その邸宅を前にした。三階建ての白亜の建物だ。まさに貴族の宮殿たる様相である。前庭の芝生の色もやはり青々としている。何を商売にしてこれほどまでの富を築いたのか、そのあたりのことについて考えを巡らせることは、下種の勘繰りかもしれない。ヤーイー氏は住み込みで働いていると話していたが、彼女をはじめとする給仕の寝床はどこにあるのか。恐らく、白亜の建物の裏手にでも、働き手が住まうための建屋があるのだろう。
番は二人。門の両脇に立っている。中に入れてもらう手段は何も聞かされていなかった。なので、とりあえず、初老とおぼしき門番の男性に、ヤーイー氏に用がある旨を伝えた。初老であろうとはいえ、体躯は立派である、巨躯である、迫力がある。背の高い私よりもさらにのっぽだ。二メートルはあるだろう。腹が多少出ているものの肩幅がことのほか広い。非常に屈強そうだ。
初老の門番に、「少し待て」と言われた。門の向こうの中程にはまた一人、男が立っている。やはりガードマンなのだろう。初老の門番はそのガードマンに対して、「ヤーイーに用事だそうだ。中に入れていいか訊いてこい!」と野太い声を発した。ガードマンであろう男は小走りに駆けてゆき、屋敷の中へと姿を消した。
やがて、ガードマンの男が玄関から出てきた。男の脇をすり抜けるようにして、ヤーイー氏がぱたぱたとこちらに駆けてくる。メイド服姿の彼女は勝手口から外に姿を現すと、「ごめんなさい、ごめんなさい」と頭を下げた。
「本当にごめんなさい。住所をお教えしただけで、中に入っていただくまでの段取りをまるで決めていませんでしたね」
「その点については訊かなかったこちらにも非があります。入れてもらえますか?」
「はい。許可を得ましたので」
勝手口を通り、私とメイヤ君は敷地へと入る。ヤーイー氏に先導される格好で白い石畳の通路を歩き、屋敷へと向かった。
木製の大きな戸をヤーイー氏が「よいしょ」と引いて開けてくれて、屋敷の中へと足を踏み入れた。えんじ色の織物のじゅうたん。豪奢なシャンデリア。二階まで吹き抜けになっていて、左右には上階への階段が続いている。
玄関を入った先で待ち構えていたのは、緑色のベストにタイトな白いズボンをまとった男だった。言ってみれば正装だ。きちっと七三に分けられた髪。薄い唇。涼やかな目元。きりりとした眉。端正な顔立ちの、稀に見る美青年である。
その美青年は「ようこそ」と言って微笑んだ。「当家の主の息子、ソウ・ソウハと申します」
「はじめまして」私は小さく頭を下げた。「名刺はご必要ですか?」
「できることなら、頂戴したいですね」
そう言われたので、私は歩み出て、ソウハ氏に名刺を手渡した。
「マオさん、ですか」
「はい」
「ヤーイーから探偵さんだと聞かされましたが、なるほど、確かにそう書いてある」
「ちんけな商売ですよ」
「しかしながら、興味深い」
「ソウハさんとお呼びしても?」
「ええ。かまいませんよ」
「まずは一応、確認させてください。貴方が貴家の『おぼっちゃま』ですか?」
「その呼び方はあまり好きではありませんが、ええ、当家で『おぼっちゃま』といえば、それは私のことを指します」
「なるほど。率直に申し上げます。実は貴方に用事があります」
「どんな用向きだろう」ソウハ氏は笑みを深めた。「まあ、いいでしょう。ついてきていただけますか? 客間にご案内いたします」
「恐れ入ります」
私とメイヤ君は並んでソウハ氏に続き、私達のあとにはヤーイー氏がとことこついてきた。




