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超Q探偵  作者: XI
55/204

14-2

 翌日、午後三時頃。


 私とメイヤ君は向かい合ってソファに座り、卓上でオセロをしていた。四つあるうちの三つの角を私は取り、メイヤ君はもはや敗色濃厚、瀕死の状態である。次に彼女が負ければ五連敗になる。


「マオさん」

「なんだい?」

「もうちょっと手加減しませんか?」

「だいぶん、しているつもりだよ」

「じゃあ、どうしてわたしがいつも不利になるのですか?」

「君が自滅しているからだ」

「マオさんってば、いけずです」


 コンコンコンッと、事務所のドアが鳴った。ノックをしたのは女性だろう。それくらいは察知するのが探偵だ。


 仕事を請け負うことが嬉しくて嬉しくてしょうがない我が助手は、ボルサリーノをかぶると素早く動いて、鉄製のドアに取り付いた。「必ずそうしなさい」と言いつけていることもあって、メイヤ君は覗き窓から相手の姿をしっかりチェックする。「あっ」と声を発したメイヤ君である。彼女はドアを開け、ヒトを中へと促した。入ってきたのは、先日、まちなかで出会った、そばかすが愛らしい若いメイドだった。やはり紺色の仕事着をまとっている。


 メイドの女性はきちんと前で手を合わせ、お辞儀をして見せた。メイヤ君はというと、なぜか私に向かって小さくブイサイン。それから彼女はメイドに向かって、「まさか昨日の今日でお越しいただけるとは思っていなかったです」と言った。


 私は少々眉をひそめた。


「昨日の今日というのは、どういうことだい、メイヤ君」

「昨日、別れ際に、こちらのメイドさんに名刺を渡しておいたのですよ」

「そういうことかい」


 屋敷のメイドにまで自らの名刺を預けてくるとは。メイヤ君の営業活動には相変わらず余念がないようだと、ある意味、感心させられた。


「というわけですから、マオさん、オセロはちゃちゃっと片づけてください。わたしはコーヒーを準備いたしますので」


 言われた通り、私はオセロをテーブルの隅へとうっちゃった。期せずして五連敗を免れたメイヤ君は内心、喜んでいるのかもしれない。


 もじもじとした様子のメイドは、再びぺこっとこうべれて見せた。


「あの、急に訪ねてきてしまい、申し訳ありません」

「わざわざ電話で予約するかたなんてほとんどいませんからお気になさらず。それより、お仕事は良かったんですか?」

「はい。たまたま給仕長から長めの休憩時間をいただきましたので。街にちょっと用事があると言って、お屋敷から出てきました。夕方までに戻れば大丈夫です」

「ふむ。では、まずは席に着いていただけますか。あまり綺麗なソファとは言えませんが」

「そんなこと、かまいません。ですけど……」

「ここを訪れていただいた以上、貴女は立派なクライアントです。気にすることなく、お座りになってください」

「では、あの、その……」

「まずはお座りになってください」

「はい。わかりました……」


 メイドはちょこんと一人掛けのソファについた。コーヒーを出されると、彼女は本当に恐縮そうな顔をして、それから「ありがとうございます」とメイヤ君に頭を下げた。カップに口を付けるか付けまいか迷うような素振りを見せのだが、飲まないのは失礼に値すると思ったのだろう、ほんの少しだけすすって見せた。カップを両手で丁寧にソーサーへと戻す。やはり奥ゆかしい性格であるようだ。かわいげがある。私は彼女のような女性が嫌いではない。


 例によって私の隣に座り、メモを取る準備のメイヤ君である。久しぶりの客だ。何を話してくれるのか、興味深くてしかたないのだろう。


 紺色のメイド服の上に白いエプロンをまとっている女性は、そのエプロンの太ものあたりを、ぎゅっと握り締めている。切り出したいが切り出せない。そんなためらいに駆られているように見える。


 呼び水になればと思い、私は「なんでも話してください。相談にのりますよ」と声をかけた。メイドは言いにくそうにしていたが、待っていると顔を上げた。ただ、目は伏せている。ほおが赤いのはなぜだろう。


「あの、えっと、私、その……おぼっちゃまのことが好きなんです……」

「おぼっちゃま?」

「おぼっちゃまです」

「勤め先は『郊外の丘』で間違いありませんか?」

「はい。立派なお屋敷で働かせていただいています」

「では、その家のご当主のご子息を好きになられたということでしょうか?」

「はい。それっていけないことでしょうか……?」

「いけないことなどとは思いません。しかし、わざわざここにお越しになられた理由については、わかりかねます」

「そうですよね。だけど、私は、その、ただ……」

「察するに、誰かに話を聞いてもらいたかった?」

「はい。そういうことなんです……」

「だとするのなら、まあ、合点のいく話ではあります」

「そうですか?」

「ええ。思いの丈を誰かに話したい。そういうこともあるでしょう」

「そう言っていただけると助かります」

「貴女はおいくつです? お名前は?」

「年齢は十八です。名前はヤーイーと申します。……あっ」

「なんでしょう?」

「肝心なことをお伺いするのを忘れていました。こうしてお話を聞いていただくだけでも、代金は発生するのでしょうか?」

「発生しません。お話を伺うだけなら無料ですよ」

「そうなんですか?」

「ええ」

「ありがとうございます」

「礼には及びません。それが私のルールだというだけですから」

「私、おぼっちゃまのことが本当に好きで。いいかたなんです。給仕にすぎない私に良くしてくださいますし、例えば私がおぼっちゃまの部屋でドジってしまい、お茶をこぼしてしまった時なんかも、そっとフォローしてくださいますし。お優しいかたなんです、本当に。だから、私は……」

「だがしかし、そのおぼっちゃまは、恐らく誰に対してもそのように優しいのではありませんか? 違いますか?」

「違わないです……」

「では、貴女に対する優しさも、その一環に過ぎないのかもしれない」

「はい、きっとそうなのだと思います。そうだとは思うのですけれど……」


 ヤーイー氏は、すんすんと鼻を鳴らし始めた。ほうっておいたら、じきにぽろぽろと泣き出してしまうことだろう。


 メモとボールペンをテーブルに叩きつけるように置いたメイヤ君である。それからこちらを向いて、今度は一気に憤怒の表情。彼女は私の肩をばしばしと叩いてきた。


「ちょっとマオさん。そんな言い方はあんまりじゃありませんかっ。クールすぎるにもほどがあります!」

「だけどね、メイヤ君」

「だけどもひったくれもありません。ここはいっちょ、ヤーイーさんのご相談にのってあげないと」

「そうは言ってもだね」私は右手をあごにやり、うーんとうなった。「ヤーイーさん」

「はい」

「この際です。いっそ、告白なさってみてはいかがでしょう?」

「そうです。わたしもそれが言いたかったのです」メイヤ君は激しく同意してくれた。「当たって砕けろってヤツです。そうしたほうがずっといいじゃありませんか。何もせずにまごついているほうが、よっぽどキツいはずです」

「あの、でも、私の家はきょうだいが多くて。住み込みで働かせていただいているのですけれど、家族にとって、私のお給料は、けっして無駄にはできない貴重なものなんです。もしもその、私が告白をして、そのせいで、おぼっちゃまから嫌われてしまい、果ては解雇までされてしまっては……」

「それは考えすぎだと思います。わたしはそう思います」メイヤ君は強い口調で言う。「ヤーイーさんは悪いほうに悪いほうに考えすぎです」

「そうでしょうか……?」

「そうですともっ」

「でも……」

「まだ何かあるんですか?」

「おぼっちゃまにはその、婚約者がいらっしゃるんです」

「へっ、そうなんですか?」

「はい。なんでも、おぼっちゃまがお生まれになる前から、それは決まっていたことだったらしくって……」

「それって、言わば政略結婚ってヤツじゃないですか」

「そうなんですけれど……」

「わたしは断然、ヤーイーさんを応援しますっ」メイヤ君が両手をぐっと握り締めた。「政略結婚だなんてゆるせません。そんなのナシです、ナシなのですっ」

「だけど、おぼっちゃまはそう悪い話ではないと思っていらっしゃるというか、やぶさかではないという感じでして……」

「そんなの、実際に確かめてみないと、わからないじゃないですか」

「で、でも」

「ヤーイーさんっ」

「は、はいっ、なんでしょうか」

「この件、わたしに任せてはもらえませんか?」

「ま、任せる?」

「はい。任せてください。そのおぼっちゃまとやらに確認をとりますので。貴方はヤーイーさんのことをどうお考えなのかって訊いてやりますので」

「で、ですから、そんなことをしたら、下手をすれば私は働き口を失いかねないわけで。だから私は、この話を誰かに打ち明けたかったというだけで……」

「それはわかりました。だけど愛は大事なのです。ですよね、マオさん」

「それは時と場合によるなあ」

「マオさん!」

「わかったよ。君の言う通りにしよう。ヤーイーさん」

「は、はい」

「とりあえず、動いてみようと考えます。無論、貴女が望むような結果が得られるかどうかはわかりませんが」

「それは、その……」

「覚悟を決めるか決めないのか、それだけはここではっきりさせてください」

「あの、それは……」

「それは?」


 ヤーイー氏がうつむけていた顔をバッと上げた。それから例によって、ぺこぺこと頭を下げてきた。


「お願いします。お願いします。無駄だとは思っているんです。無謀だともわかっているんです。だけど、どうしても、私はおぼっちゃまの真意を知りたいんです」

「であるならば、わかりました。お引き受けしましょう」

「あの、それで、お代金のほうは……?」

「ですから、私はまだ何もしていません。しかるべき時にしかるべきかたちで請求させていただくことにします」

「それで、いいんですか……?」

「いいんです!」メイヤ君が勢い良く返事をした。「とにかくまずはわたし達を信用して、わたし達に任せてください!」

「あの、その、でも……」

「任せてください!」

「は、はいっ。わかりましたっ」


 メイヤ君がメモとボールペンを差し出した。彼女に言われた通り、ヤーイー氏はペンを走らせた。勤め先の住所を記してもらった次第である。やはり場所は『郊外の丘』だ。金持ちだらけの土地だ。ヤーイー氏は何度もぺこぺこと頭を下げて事務所から立ち去った。やっぱり奥ゆかしい人物だ。だが、そういったファクターが恋愛の成就に繋がるとは限らない。ともあれ、「なんとしてもヤーイーさんとおぼっちゃまをくっつけてやりましょーっ!」とメイヤ君はやる気満々なのである。


「絶対に上手くいきますよ」

「その根拠はなんだい?」

「女の勘ってヤツです」

「それってアテになるのかい?」

「なります。早速、そのおぼっちゃまとやらに面会させていただきましょーっ」

「もはやそうするしかないね。明日にでも訪ねてみようか」

「ぜひとも、そうしましょーっ!」


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