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超Q探偵  作者: XI
52/204

13-3

 大小様々な商店が立ち並ぶ『フートン』の一角にある飲み屋でセイエイ氏が働き始めてひと月が経過した。職を斡旋したのだから相応の責任を感じ……なんてことはないのだが、私とメイヤ君は、三日にいっぺんは客として店に顔を出した。最初の一週間はヒドいものだった。注文を忘れる、間違う、蹴躓いて飲み物と料理をぶちまける、客に怒られても軽薄そうに「てへへ」と笑い、そのせいで客に頭を叩かれる、当然主人からも大目玉を食らう。


 けれど、意外と打たれ強いのか、それともジンリン氏への想いがことのほか強いせいなのか、彼はめげなかった。不器用でも懸命に働く姿をやがて主人も認めるようになり、今では店の表で焼き鳥を炭火で仕上げる役割を担うまでに至った。元から愛嬌のある男だから客の付きはいいようで、日増しに手際も良くなっているのだと主人もそれなりに満足そうだった。


 その日も私とメイヤ君は店を訪れた。店頭の炭火焼コンロで鳥を焼いているセイエイ氏が、「あっ、マオさん、こんばんは。メイヤちゃんも」と人懐っこい笑みを向けてくる。


「だいぶん、板についてきたようですね」

「それもこれもマオさんのおかげです。結構、楽しくやってます。だいぶん、焼き方のコツもわかってきたし。今度、大将がタレの作り方を教えてくれるそうなんです。ウチのタレ、滅茶苦茶うまいんですよ」

「うん。それは知っていますよ」

「ウチの焼き鳥を塩で頼むヤツなんて『モグリ』です。ところで、話は変わるんですけれど……」

「なんでしょう?」

「最近、ジンリンとは会いましたか?」

「一度、お目にかかりました。貴方の近況を伝えておきました」

「何か言ってましたか……?」

「飲み屋に就職するなんて、やっぱり裏切りだって話していましたね」

「そうですか……」

「だけど、そう怒っている様子でもありませんでした」

「そうなんですか?」

「女房子供のために懸命に働いている人間を、悪く思ったりはしませんよ」

「そうですよねっ」セイエイ氏がぱぁっと明るい顔をした。「で、なんですけれど、マオさん、その、一つ、頼まれてくれませんか?」

「わかっています。一度、ここにジンリンさんを連れてきてほしいって話ですね?」

「はい。ホント、ウチの焼き鳥って自慢の味なんで、振る舞ってやりたいんです」

「もれなくモンファさんもついてくることでしょうが」

「ですよね。だったら、いつもよりもっと気合い入れて焼かないと。ああ、でも」

「でも?」

「いや。妊娠中にっていうか、もう臨月ですよね? そんな時に焼き鳥なんか食べていいのかなあって」

「それはどうなのでしょうね。私にもわからない」

「元気な赤ちゃんだといいなあ。安産だといいなあ」


 セイエイ氏はまったく父親みたいなことを言う。いや、まあ、父親なのだが。


 メイヤ君が、「今日も売り上げに貢献して差し上げましょーっ」と言い出した。四本頼んだのだが、「お世話になりっぱなしですから」と言って、セイエイ氏は一本、おまけしてくれた。彼は紙の袋に焼き鳥を入れ、それをメイヤ君に手渡した。早速一本取り出し、あーんと口を開けた彼女である。


 その時だった。一人の女性が駆けてきのだ。それはモンファ氏だった。モンファ氏は相変わらずひっつめ髪にすっぴんである。やはり若々しい。駆けてくるスピードも速かった。彼女は両のひざに両手を置き、息を整えると、セイエイ氏に真剣なまなざしを向けた。


「セイエイ、アンタ、ちょっとついてきなさい」

「えっ」と声を上げ、セイエイ氏は目を丸くした。「どうしたんですか? お母さん」

「アンタにお母さん呼ばわりされる覚えはないよ」

「す、すみません」

「いいから、ついてきなさい」

「一体、どうされたんですか?」

「赤ちゃんが産まれるんだよ」

「えっ」

「ジンリンが呼んできてくれってさ。そうでなくたって、あんたの子でしょうが」

「……どこなんです?」

「はあ?」

「お母さん、どこの病院なんですか!」


 モンファ氏から病院の名を聞かされるや否や、セイエイ氏は一目散に駆け出した。背中があっという間に小さくなる。


 その背中を見ながら、モンファ氏が、「あいつ、あんなに速く走れるんだ……」と呟いた。それから私を見て、彼女は頭を下げた。「ごめんなさい、探偵さん。迷惑ばかりかけてしまって……」

「そうでもありませんよ」

「いつもクールですね」

「まあ、私は探偵ですからね」

「仕事、放り出して行っちゃいましたね」焼き鳥をぱくぱくと食べていたメイヤ君が、残りが入った紙袋を私に寄越してきた。「しょうがありません。わたくしめがフォローして差し上げましょう」


 メイヤ君はそう言うと、コンロの向こうに立った。焼き鳥を炙り、それを器用にひょいひょいと引っくり返しながら、「ウチの焼き鳥は美味しいですよーっ! ぜひご賞味くださーいっ!」と大きな声を出す。


「おひとつどうですか?」


 私はそう言って、紙袋に入っている焼き鳥をモンファ氏に勧めた。彼女は一本取り出すと、勢い良くかぶりついた。


「いかがですか?」


 私のその質問に、モンファ氏は肩をすくめて見せた。「美味しいじゃない」と微笑んだのだった。


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