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超Q探偵  作者: XI
51/204

13-2

 セイエイ氏の住まいはトイレは共同、風呂はなしの粗末なアパートだった。ミュージカル俳優だったとはいえ、下っ端であったわけだ。やはり、それほど稼ぎがあるわけではなかったのだろう。彼いわく、この街『カイホー』に引きあげてきて、目下職探しをしているさいちゅうとのことだった。


 椅子なんてない部屋である。私とメイヤ君は彼に促され、並んで硬いベッドの上に腰掛けた。


 モンファ氏とジンリン氏に明かされた内容を伝えると、予想通りというかなんというか、セイエイ氏はおいおい泣いた。一間しかない部屋の真ん中で、立ったまま、おいおいおいおい泣いた。


「そうですか。俺はそこまで嫌われてしまっているんですか……」

「夢を追い続けるというなら、まだ『脈』はあるように思われますが?」

「だけど、ジンリンと産まれてくる子供を養えないなんて、それって男として、物凄く情けないことじゃありませんか?」

「それでもいいと、ジンリンさんは言っていたように聞こえましたよ? モンファさんもです。簡単に夢を諦めてしまえる男なんて、しょうもないとまで話していました」

「でも、俺は……」

「まあ、貴方の気持ちはわかります。女房子供を食わせていけない旦那は、確かにみっともないですからね」

「でしょう?」

「ええ」

「ああ、どうしたらいいんだろう」セイエイ氏はしゃがみ込んで頭を抱えた。「産まれてくる子は俺の子なんですよ? だけど、今のままじゃあ、会わせてすらもらえませんよね?」

「だからって、無茶なことはしないでくださいよ」

「力ずくでなんて考えていません。しませんよ、そんなこと。乱暴を働くつもりはありません」

「ふむ」


 セイエイ氏は悪い人物ではなさそうだ。彼の言い分はどれを取っても、まあおかしくはない。生真面目さ、誠実さもうかがえる。だからまあ、多少ならず不憫に思えてくるのだが。


「どうしたらジンリンに見直してもらえると思いますか? 俺はどうしても俺と彼女との間に出来た子をこの手で抱きたいんです」

「でしたら、やはりミュージカル俳優のトップを志されればいいと考えます」

「でも、そうなると……」

「そうですね。トップになるには時間がかかるし、トップになれるとも限らない」

「なので、ジレンマとしか言いようが……」

「そのへんの事情は嫌というほどわかりました」

「ああっ」セイエイ氏が両手で頭を掻きむしった。「どうしよう。本当にどうしたらいいんだ、俺は……」

「思いの丈をぶつけたいにしても、モンファさんもジンリンさんも、もう会ってはくれなさそうですしね」

「そもそもジンリンを好きになったことが間違いだったのかもしれません。俺なんかが彼女に手を出したらいけなかったのかもしれません」

「もはや過去の話にすぎないのかもしれませんが、ジンリンさんが貴方のことを好かれていたのは事実でしょう?」

「そうでしょうか。そう信じていいんでしょう?」

「ええ。でなければ、貴方の子を孕んだりはしませんよ」

「だとしたら、俺は本当にどうしたら……」

「そうですね。まずは職を見つけて、地道に働いている姿を見せてみてはいかがでしょうか? そうすれば、あるいはモンファさんとジンリンさんの気持ちも変わるかもしれない」

「それでなんとかなりますか? 俺、ぶきっちょだし、できる職業なんて限られているように思うんですけれど……」

「それがすでに言い訳です。貴方と会って感じたことですが、貴方には意志があっても行動力が見受けられない」

「そう言われると、返す言葉がありません……」セイエイ氏はしゅんとなった様子で頭を垂れた。「俺、ガキの頃からミュージカル俳優になりたくて、それ以外の職なんて考えたことがなくて、だから他に何か仕事を得るにしても自信がなくて、及び腰になってしまって……」

「ですから、そういった頼りなさが、モンファさんやジンリンさんに伝わっているのかもしれませんよ? 何かに困ることがあれば、考えるより先に行動すべきです。だって、行動しないことには何もかいは得られないわけですから」

「わかりました。わかりましたっ」セイエイ氏は一転、はつらつとしたまなざしを寄越してきた。「で、探偵さん、俺は何をすればいいと思われますか?」

「どうして私に訊くんです?」私は眉根を寄せた。「それくらい、自分で決めてください」

「何か参考になるような意見を聞きたいなあと思いまして」セイエイ氏は「てへへ」と照れくさそうに笑う。「ねぇ探偵さん、俺にはどんな職が向いていると思いますか?」


 私は吐息をついた。他力本願にもほどがある。憎めない男であることは事実なのだが、どうにも甘ったれであるらしい。


「ねぇ探偵さん、俺は何をすればいいと思いますか?」


 爛々とした目で、セイエイ氏は見てくるのだ。私は再び吐息をつき、「そうですね……」と呟きながら、右手をあごにやった。ここまで来たら乗りかかった船だ。相談くらいにはのってやろうと考えた。


「力仕事なんかどうですか?」そう発案したのはメイヤ君である。「男らしくてカッコいいじゃありませんか」

「あ、ダメだよ、それ。俺、力ないし」またもや照れるように頭を掻いたセイエイ氏である。「っていうか、君、かわいいね。年、いくつ? その茶色いボルサリーノ、超似合ってるよね」


 メイヤ君が私のほうを向いた。見るからにぽかんとしている。セイエイ氏の物言いにした唖然としたようだ。女性に気安く接する軽薄さも、ジンリン氏からしたらマイナスポイントになっているのかもしれない。


「それじゃあ」うーんと唸りながら、メイヤ君は左手の人差し指をあごにやった。「飲食店なんかはどうでしょう?」

「あ、それもダメ。NG。俺。料理なんてできないし」

「馬鹿言わないでください。いきなり調理場を任されるわけないじゃないですか」

「それもそうか。そうだね。てへへ」

「セイエイさんって、ダメですね。本当に行動力が伴いませんね。わたし、貴方みたいなひと、嫌いです」

「そ、そんなあ……」

「でも、貴方とジンリンさんには、上手くいってほしいです」

「そう?」

「はい。だから真面目に話を聞いています。ですからセイエイさんも真面目に考えてください」

「飲み屋で良ければご紹介できますよ」と私は言った。「ただ、そこの主人はとても厳しいひとですがね」

「わかりました。とりあえずそこで頑張ってみますっ」

「とりあえずという表現が気に入りませんね。骨を埋めるつもりでやらないと、主人もすぐに見切りをつけるかもしれませんよ?」

「わかりました。とにかく頑張ってみますっ」

「それじゃあ、早速、行ってみましょうか」

「はい。お願いしますっ!」


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