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超Q探偵  作者: XI
50/204

13.『ちょっと変わった母と娘』 13-1

 夕刻。


 外回りの営業活動に精を出していたメイヤ君が戻ってきた。いつもと違うのは、彼女が二人の女性を連れていることである。恐らく客なのだろう。女性らは私に向かってぺこりと頭を下げた。メイヤ君が二人をソファへと促す。私はデスクを離れ、一人掛けのソファについた。


「はじめまして。当探偵事務所の主人、マオといいます」


 メイヤ君はというと、私の隣に立ち、メモをとる準備でいる。頭の回転は飛び切り早いのだけれど、彼女はクライアントの話をメモすることを欠かさない。エビデンスがどうこう言うのだ。それはそれで感心すべきことなのかもしれない。


 客のうちの一人の女性は四十代前半といったところだろうか。いや、三十代だと言われても納得するだろう。それくらい肌艶がいい。ひっつめ髪で活発そうだ。もう一方の女性は恐らく二十歳はたち前後だろう。大きな瞳をしている。利発そうだ。気が強そうでもある。おなかがスイカのような丸みを帯びているのは、言うまでもなく妊娠しているからに違いない。


「改めまして、こんばんは」ひっつめ髪の女性が言った。「探偵さんに持ち込むような話ではないのかもしれませんけれど、ちょっと相談にのっていただけますか?」

「話を伺うだけならタダです」

「気前がいいんですね」

「いえ、ただのポリシーです。それで、どういった用向きですか?」

「とある男に言い寄られて、娘が迷惑しているんです」

「娘さんというのは、お隣の?」

「はい」

「見たところ、ご妊娠されているようですが?」

「このコに付きまとっているのは、このコの夫なんです」

「……は?」

「妙な話であることは認めます」

「どういうことなんです?」

「孕ませたことについて文句を言うつもりはありません。その当時は、ウチの娘は確かに男のことを愛していたんですから」

「今は愛していらっしゃらないと?」

「そうです」今度はおなかの大きな娘が口を開いた。「だって彼ときたら、私が妊娠したのを知るや否や、もっと安定した賃金を得られるような仕事に転職するとか言い出したんですよ?」

「……は?」

「とにかくそういうことなんです」

「……えっと」私はこめかみを掻いた。「娘さん、それのどこがいけないと? というか、その男性のご本業は?」

「『ロンジンフロント』でミュージカル俳優をやっています。まだまだ下っ端ですけれど」


 『ロンジンフロント』とは、ここ、『カイホー』から少々離れたところにある遊楽、娯楽の街である。豪奢なホテルにカジノ、それこそミュージカル劇場だってある。言ってしまえば何かと金のかかるところだ。


「そんな彼が好きだったんです」と前置きしてから、娘は続けた。「彼、セイエイは、ミュージカル俳優のトップを目指していたんです。だからこそ、私は愛したんです」

「しかし、子ができるわけです。ミュージカル俳優の下っ端の稼ぎなんてたかが知れているでしょう。であるならば、より高給な職に就こうとされるのは当然の話では?」

「ですから、それが嫌なんです」

「というと?」

「だって、つまらないじゃないですか」

「つまらない?」

「はい、つまらないです。子供ができたくらいで夢を諦めるっていうんですよ? そんなの、しょうもない話じゃありませんか」

「しょうもない話、ですか」

「はい。しょうもないです」

「ウチの娘が言うことはもっともだと思います」母親が少々憤ったように言った。「夢を追いかけない男に女が惹かれたりしますか? 私に言わせれば、そんな男に魅力なんてナッシングです」

「と、いうわけなので」と娘が母親の話を引き取り、大きく膨らんだおなかを撫でた。「私はこの子を産んでも、一人で育てようと考えています」

「それは可能なんですか?」と私は訊いた。「金銭的にはだいじょうぶなんですか?」

「だいじょうぶです」娘はそう言い切った。「ウチは裕福なので。彼がいなくたって十二分にやっていけます」

「わかりました。で、何が問題だと? 私に何を解決しろと?」

「彼が、セイエイがしつこいんです。それはもうくどいんです。俺に父親をやらせてくれって、とにかく私にせがむんです」

「その、セイエイさんですか? 彼に夢を追いかけろとひと言言えば、済む話なのでは?」

「そんなことは何度だって伝えています。なのに彼は、セイエイは聞きません。妻である私が今のまま頑張ってほしいと言っても、聞いてはくれないんです」


 母親が「とにかく、そういうことなので」と言い、娘も「そうです。そういうことなので」と同意した。


 彼女らは二人して「あんな男はウチには要りません」と声を揃えた。


「……話を戻します」私は今一度、こめかみを掻いた。「要するに、セイエイさんからの、父親になりたいという働きかけがうっとうしいということですね?」

「そうです」娘が大きくうなずいた。「ストーカーみたいに思っています」

「まさにストーカーですよ」今度は母親が口を開く。「こっちがウザいウザいと言っているにもかからわず、毎日のように家を訪ねてくるんですから。こないだなんて門の前に子供のおもちゃまで置いていったんですよ? 迷惑極まりません」


 母親も娘もぷんぷん怒っている。が、どう考えても、セイエイ氏に非があるようには思えない。夢を諦めて産まれてくる赤子のために安定的な収入が得られる職に就くのはおかしなことではないし、父親になりたいという感情を抱くのも当然だし、門前におもちゃを置いていったのだって愛情の証のつもりだろう。セイエイ氏が不憫にすら思えてくる。


 ともあれ、私は探偵だ。


「要するに、セイエイ氏を排除できればいいわけですね?」


 母親と娘が、また「そうです」と声を揃えた。こんなもの、事件でもなんでもない。探偵が請け負う話でもない。それでも母親は「依頼を受けてくださいますよね?」と訊いてきて、娘は娘で「報酬は弾みますよ」などと言ってくるわけだ。


「……わかりました」と私は折れた。「まずはセイエイさんと話をしてみますよ。お取次ぎ願えますか?」

「それって私からセイエイに連絡をしろってことですか?」娘が猫みたいに目を釣り上げた。「冗談言わないでください。そんなの、嫌です」


 そこまで嫌われてしまっているのか、セイエイ氏は……。


「わかりました。では、彼の連絡先だけ教えてください」


 娘が『そら』で言った電話番号を、私は速やかに記憶した。


「セイエイがくだらないことをのたまうようなら、ストーカーとして引きずって警察に連れていってやってください」母親は肩を怒らせる。「それでいいです。そうしてやってください」

「本人に何度も言ってやったことではありますけど、もう一度ちゃんと伝えてやってください」とは娘の言葉。「貴方はサイテーだって告げてやってください」

「えっと、それで、貴女達お二人のお名前は?」

「母のモンファです」

「娘のジンリンです」

「わかりました。モンファさんにジンリンさんですね。連絡先をお教え願えますか?」


 モンファ氏は快く電話番号が伝えてくれた。


 モンファ氏はソファから立ち上がると、「それじゃあ探偵さん、お願いしまーす」と放り投げるように言い、ジンリン氏はジンリン氏で、「いい報告を期待してまーす」と軽いノリで言った。


 二人はさっさと事務所から出ていった。


 私は深々と吐息をついた。らしくない。クライアントである母娘の勢いにぐいぐいと押された格好で、実にしょうもない案件を請け負ってしまった。モンファ氏もジンリン氏も本当に良く似ている。あけっぴろげで押しつけがましいところが実に良く似ている。


 隣に立っているメイヤ君に目をやる。メモとペンを持ったまま、彼女は目をぱちくりさせていた。自由奔放がモットーとも言えるメイヤ君も、あの母娘の勢いには驚いたようだ。


「すごーく元気なお母様と娘さんでしたね」

「ああ、まったくだ。正直、呆気にとられているよ」

「電話番号からすると、セイエイさんのお住まいって、この街ですよね?」

「そうだね。自分の子が産まれそうだっていうわけだ。ミュージカルに出演している場合じゃなくなって、それこそこっちで職探しをしているんだろう」

「話を聞く限り、セイエイさんがかわいそうであるようにしか思えないのですけれど……」

「とりあえず、ざっくりと用件を伝えた上で、会いにいくとセイエイ氏に伝えよう。請け負ってしまった以上、どういうかたちにせよ、一応のケリはつけないといけないから」

「はい。わかりましたですよ」


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