1-4
黄色いタクシーを拾い、『開花路』の中心街から少し離れたところにある『人売り屋』の作業現場を訪れた。『人売り屋」とは文字通り、どこからかヒトを仕入れ、独自のルートで他方に売りさばくことで利益を得る業者である。スライドタイプの門扉があるが閉められてはいなかったので、断りも入れずに敷地へと足を踏み入れた。夜の暗闇にあって、トラックの真っ赤なテールライトが眩しい。作業員の数は四人。二人一組で倉庫らしき建物から大きな木製の箱を運び出し、彼らはそれをトラックへと積み込んでゆく。無論、木箱の中身は『商品』だろう。
彼らが荷を積み終えたところで、私は右手を上げた。トラックに近付きつつ、「探偵です。マオといいます。どなたでもいいです。話につきあってもらえませんか?」と声を発した。
トラック後部の観音開きの扉を閉めた男がそばまで寄ってきて、私の前に立った。若く、また真面目そうな男である。ランニングシャツを着ているその男の背は長身の私に劣らず高い。筋骨隆々の体つきをしている。『剥製屋』と同様、『商品』を持ち運びするには相応の腕力が要るということだろう。
「なんだ、あんたは」
「ですから、探偵です」
「何が知りたい?」
「ニーナさんというそうです。ご存じありませんか?」
「『商品』の名前なんて知らない。気にしたこともない」
「では、綺麗な金髪にブルーの瞳をした女性だと言ったらどうでしょうか」
男は首にかけてあるタオルで額の汗を拭った。
「いたよ。そういう女が確かにいた。昨日『出荷』した。年は四十前ってところだろう。珍しい上物だった」
「上物、ですか」
「ああ、上物だ」
「どこから流れてきたのかはわかりますか?」
「さあな。多分、娼館じゃないのか」
「上物なのにあなたがたに売り払った。それはどういうことなのか」
「ウチの買い付けの担当者が、女衒に大枚をはたいたんだろうさ」
「まあ、そうなるでしょうね」
「ああ」
「『商品』は眠らせてから木箱に?」
「『仕入れ先』が麻酔を打つ決まりになっている。暴れられちゃあかなわないからな」
「眠っていたのに瞳の色がわかったんですか?」
「木箱に詰め込むとき、その女は、一度、うっすらと目を開けたんだ。それから、ひと言だけ漏らしたんだ」
「なんと言ったんですか?」
「メイヤ……そう呟いたように聞こえたな」男はもう一度、タオルで額の汗を拭った。「俺が知っていることはこれで全部だ。他には何も知らない」
「もう充分です。必要な情報は得られましたから」
「一つだけ訊かせてもらってもいいか?」
「なんでしょう?」
「メイヤって名前に、心当たりがあるのか?」
「なくはないですね」
「そうか……」男はそう言うと、吐息をついた。「時々な、この仕事が嫌になるんだ」
「それはまた、何故ですか?」
「普通に働くより、非合法な『人売り屋』の仕事に携わったほうがだいぶん高給だ。だからこの職に就いた。でも、売られる人間にだって家族はいる。そう考えると、つらくなる時だってあるんだよ」男は、ふっと表情を緩めて見せた。「俺は間違っていると思うか?」
「さあ。それはわかりませんね。しかし、思うところはあります」
「それは?」
「精々、罪悪感に苛まれながら、今のお仕事を続けられたらいい」
私は辞去しようと踵を返して歩を進める。
「なあ、アンタっ!」
後ろからそう声がした。私は振り返る。男が小走りに近付いてきた。
「ちゃんと言っておく。ウチが『商品』を届ける先は、決まって『仲買人』だ。連中に売り払っちまったが最後、どこに行き着くかなんてわかりゃしないぜ?」
「でしょうね」
「すまない……」
「頭をお下げになる必要はない。繰り返すようでなんですが、精々、人非人の仕事を続けられたらいい」
私は場をあとにした。




