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メイヤ君の案内で、薄暗い『胡同』にある、くだんの『魚屋』を訪れた。接客をしているのは、あまり愛想がいいとは言えない男だ。訪れた客に、ただ機械的に魚を売っている。男はとにかくゴツい。黄ばんだシャツに色褪せた紺色の前掛け。髪は長い。肩の下まである。清潔感はない。鮮度が命の魚を扱う店なのだから、せめて髪くらいは短く刈ったほうがいいのではと思うのだが、きっとこの風貌で長くやっているのだろう。
私とメイヤ君は客の列に並び、やがて男の前にまで至った。うしろに続く客はいない。都合がいい。
「何が入用だ? といっても、ここに出している商品しかないが」
「貴方の妹さんの件について少々話を聞かせていただきたいと考え、ここを訪れました」
「妹のことについて?」
「ええ」
「アンタはいったい何者だ?」
「探偵をやっています。マオといいます」
「探偵か。珍しいな。食っていけるのか?」
「そこそこ上手くやっていますよ」
「訊きたいことがあるなら、とっとと言ってくれ」
「本題に入る前に無礼を承知で伺います。貴方の肩口、その先がありませんね」私は右の人差し指で男の左肩を指さした。「どうして失くされたんですか?」
「小さい頃、感染症にかかったらしい。俺にはその記憶はないがな」
「さて、では、率直に問います」
「ああ」
「簡略して言えば警察のお偉いさんということになりますが、とある『胡同』の飲み屋の出口で彼を、いや、SPを含めると彼らですね、その彼らを殺したのは、貴方ではありませんか?」
「先に訪ねてきた刑事さんにも同じことを言われたな」
「訪ねてきたのは、ミンという刑事では?」
「ああ、そうだ。どうしてわかる?」
「そういう情報を得ましてね」
「事実を話してやるよ」
「よろしいのですか?」
「ああ。かまわない」
「ならば、お願いします」
「警察のお偉いさんか? それとSPの四人。連中を殺したのは俺だ」
「どうして殺されたのですか?」
「その理由については言いたくもない。口が腐る」
「では、私の考えを申し上げましょう」
「聞いてやる」
「例えば、貴方の妹さんは、そのお偉いさんにレイプされたとか?」
「ほぅ」
「違いますか?」
「半分は正解だ。半分はハズレだ」
「と、いいますと?」
「つい四日前の話だ。妹は警察のお偉いさんはおろか、SPの連中にも犯されたんだよ。『まわされた』ってことだ」
「ふむ」
「妹からそのことを打ち明けられたときに、俺は連中を殺してやろうと決めたんだよ。妹は泣いたんだ。悔しいと言って、涙ながらに俺に訴えたんだ」
「妹さんは秘書です。だから、警察のお偉いさんのスケジュールも把握していた」
「そういうことだ。だから、場末の飲み屋で会合することを知った。このチャンスを逃すわけにはいかない、そう思ったよ。なにせ人気のない夜道だ。誰に邪魔されることもない。連中を殺すにあたっては絶好の機会だった」
「なるほど」
「マシンガンは簡単に買えた。『胡同』から狭い路地に一歩足踏み入れりゃあ、そういう危なっかしいものも手に入るらしいな。だけど、扱いには手こずった。何せこちとら隻腕なんでな」
「使用されたマシンガンはどちらに?」
「その場に捨て置いた。厚手の手袋をしていた。捕まることは覚悟していたが、それくらいの工夫はしたんだよ」
「妹さんに恋人は?」
「恋人? 変なことを訊くんだな、探偵さんは。いるよ、一応。だが、レイプされた女を受け容れるような度量のあるヤツには思えない」
「でしたら、今しばらくは、貴方が妹さんを守ってやる必要がある」
「そう考えている。だけどな、俺は正真正銘、人殺しなんだぜ?」
「ヒトの尊厳を穢した人間に、なんの価値が?」
「そんなふうに考えるのか。あんたは」
「ミン刑事もそのようにおっしゃられたのでは?」
「刑事さんは何も言わなかったな。ただ俺の話を聞いて、それだけで引きあげていった」隻腕の魚売りは、ふっと笑い、表情を緩めた。「変な話だ。人殺しを見逃すだなんて、警察のすることとは思えない。公僕はもっと決まりごとに忠実であるべきはずだ」
「そうでない人物もいるということですよ」私は微笑んだ。「貴方は正しいことをされた。私はそう考えます」
「そう言ってもらえると、なんだか救われた気分になるから不思議だな」
「これからどうされるおつもりですか?」
「誰からもお咎めを受けないのであれば、この『魚屋』を続けるよ。来てくれるのは貧乏人ばかりだが、現状にはそれなりに満足しているしな」
「それで良いのだと思います」
「……恩に着る」
「私は何もしていませんよ」
「何か要るか? みみっちぃもんばっかだが、なんでもタダでくれてやるぜ」
「じゃあ、そちらの鮭の切り身を二枚ください」
「それだけでいいのか?」
「私はしがない探偵ですから、それだけで充分なんですよ」




