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超Q探偵  作者: XI
44/204

11-2

 夜、私はくだんの娼館を見渡すことができる位置に立っていた。路地の壁に背を預け、出入り口を見張っていた。


 男が出てきた。浅黒い肌にひっつめ髪。黒いエナメル質のバイクスーツ。何も変わっていない。私の肩を撃ち抜いてくれた時の服装とまったく同じだ。


 リントの後をつけた。慎重につけた。袋小路に至った。向こうにはフェンスしかない。登って逃げるにしたって高さがある。私は銃を向ける。彼がこちらを振り返る。暗い中にあっても、にぃと不敵な笑みを浮かべたのが見て取れた。


「ずっとつけてきていたな。おまえは誰だ? 俺の知り合いか?」

「らしいですよ」私は銃の照準を彼の顔面から外さない。「私は貴方に右の肩を撃ち抜かれたんです。覚えていらっしゃいませんか?」

「ああ。『あの時』のヤツか。思い出した。思い出したよ」

「それは何よりです」

「さあ、撃てよ。撃ったらいい」

「撃たれる覚悟がおありだと?」

「覚悟なんてないさ。覚悟をする必要もない」

「ナメていらっしゃる?」

「だって、おまえは『あの時』もトリガーを引かなかっただろう? 俺が『悪いヤツ』だと知りながら」

「仕損じたことは認めます」

「違うな。撃てなかったんだよ、おまえは。お人好しすぎるんだよ」


 リントが拳銃を抜いた。レッグホルスターからゆっくりと。

 銃口を私の顔に向ける。


「今回もおまえは撃てそうにないな」

「なぜ、そう?」

「優しい顔をしているからだよ」

「そんなつもりは毛頭ありませんが」

「いいや。おまえは優しい顔をしている。それがおまえの本質なんだろう。言っておく。俺達の『世界』で、優しいと馬鹿は同義だ」

「撃ちますよ、本当に」

「それより先に俺が撃つ。ああ、そうだ。冥土のみやげに一つ、教えておいてやろう」

「それは?」

「おまえを撃ったのは俺だが、撃たせたのは俺じゃあない」

「誰が撃たせたと?」

「上の人間さ」

「上の人間?」

「ああ、そうさ。俺は上役から仰せつかった。脅しでいい。殺す必要はないとのお達しだった。だから肩を撃ち抜くだけで勘弁してやったんだよ。まったく、笑えるぜ。おまえは騙されていたんだからな」

「誰に騙されていたと?」

「おまえがパートナーだと信じていたジャン様にだよ」

「ジャン刑事に?」

「ジャンと組んで『警察ごっこ』をしているうちは良かったのさ。だがおまえは俺達『組織』が麻薬や武器の密売に関わっていることを嗅ぎつけちまった。ジャンは危険だからと捜査をやめるよう、おまえに促した。だが、正義感にあふれるおまえは聞こうとしなかった」

「確かに、数年前まではそういう青臭い部分が私にもありましたが」

「おまえがそうあることが、『組織』にとってはうっとうしかったのさ」

「今一度、確認したいのですが」

「なんだ?」

「ジャン刑事は『組織』の人間だと?」

「ああ。ジャンは真っ黒なのさ」


 ジャンは真っ黒。

 そのセリフはそれなりにショッキングで、その現実はそれなりに私を気落ちさせた。


「俺が撃ったことで、おまえは止まった。あとは警察で引き取るとジャンに言われたからだ。やっこさんに捜査にストップをかけられたからだ。結果として、おまえはジャンの言うことを聞く格好で『組織』を追うのをやめた。やめることにした。俺達からすれば、それで良かった。目的は果たしたんだよ。殺されなかっただけ、感謝することだ」

「……理解しました」

「しつこくしゃしゃり出てくるおまえが悪かった。それだけの話だ。愚図で愚鈍で阿呆で馬鹿で、まったくどうしようもないヤツだよ、おまえは。そして最後は俺に殺されてオシマイなんだから」


 突如として、パァンッと銃声が鳴り響いた。

 頭部にもろに弾丸を食らったリントが仰向けにどっと倒れた。


 背後を振り返る。リボルバー式の拳銃を片手で構えているジャン刑事がいた。


「しゃべりすぎなんだよ、リント……」


 ジャン刑事が手にしている拳銃の口が、私の顔面にゆっくりと向けられる。

 彼は一切の感情を取り除いたような顔をしている。

 無感情な無表情。

 目つきは暗い色に満ちていた。 


「ジャン刑事、貴方は本当に『組織』の人間なんですか?」

「そうだよ。それのどこが悪い」

「開き直られるのですね」

「リントは『組織』から軽んじられ、挙句、見限られたのさ。それでこの期に及んで俺を頼ってきた。本当に、邪魔でしかなかったよ」

「私にリントを殺させようとしたのはなぜです?」

「だから、おまえに復讐の機会をくれてやろうと思ったんだよ」

「貴方は私を裏切った、いや、裏切り続けていたんですね?」

「またおまえと仕事がしたかったよ、マオ」

「残念です」

「ああ。残念だ」


 私は右方へ飛び退きつつ、発砲した。ジャン刑事は膝から崩れ落ち、どっとうつぶせに倒れ込んだ。弾丸は彼の胸に命中したのだ。


 多少慌ててジャン刑事のもとへと駆け寄った。片膝をついて真っ先に彼のリボルバーを拾い上げる。発砲音がしなかったのだ。どういうことだろうと思い、弾倉を確認した。すると、空の薬莢がたった一つ、おさまっているだけだった。リントに放った一発で弾は尽きていたのだ。というより、はなから弾丸は一つしか用意していなかったのだろう。と、いうことは……。


 ジャン刑事は顔を横に向け、私に流し目を寄越してきた。

 彼は口元を緩め、微笑んでいた。


「私にわざと撃たせたんですか?」

「ああ……」

「なぜです?」

「おまえを裏切るのは、もうまっぴらごめんだ……」


 私は静かに前髪を掻き上げ、吐息をついた。


「別に金が欲しかったわけじゃあない。守りたい何かがあったわけでもない……」

「だったら、どうして『組織』にくみされたんですか?」

「さあな。そんな理由、今はもう覚えちゃいねぇよ……」

「ジャン刑事……」

「おまえさんみたいな、まっすぐな若造に出会えたんだ。そう悪い人生じゃなかったって思ってる……」

「重ねてになりますが、残念です」

「あばよ、探偵さん。どうかこの先も、達者で、な……」


 それだけ言うと、ジャン刑事は事切れた。


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