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超Q探偵  作者: XI
41/204

10-3

 トラちゃんを手厚くっ葬ってやったあと、事務所に戻ると、メイヤ君は私のデスクに置かれている黒電話の受話器を手に取った。


 彼女いわく、「ミン刑事に電話してみます」ということらしい。


 トラちゃんの死について私が「事件性を感じる」と言ったからだろう。ひょっとしたらその『事件性』について、ミン刑事ならなんらかの情報を掴んでいるかもしれないとメイヤ君は考えたのだ。一匹の野良猫の死について警察様の刑事殿が何か知っているとは思えないが、まずは彼に連絡を取ってみようというメイヤ君の行動は、取っ掛かりとしては間違っていない。


 例によって、署の近くの喫茶店まで出てこいと言われるのだろうと予想していたのだが、ミン刑事はこの界隈にたまたま用事があるらしく、だからその足で事務所を訪ねてくれるらしいとのことだった。


 ミン刑事が我が事務所を訪れた。一人掛けのソファにどっかりと腰を下ろした彼は五十代という話だが、老け込んではおらず、むしろ若々しい。が、髪はいつだってぼさぼさで、スーツについても年季が感じられるものばかりを身に着けている。それが彼のスタイルなのだろう。


 メイヤ君が「どーぞぉ」と言いつつ、ミン刑事にインスタントのコーヒーを出した。「悪いな」と言ってから、早速白いカップに口をつけた彼である。


 二人掛けのソファに私は座っており、隣にはメイヤ君がついた。


「それで、なんだ、メイヤ。何か面白い話でもあるのか?」


 ミン刑事はカップをソーサーに置くとそう言った。メイヤと呼び捨てにしてしまうあたりに、二人の親密さがうかがえる。


「あの、その……」

「口ごもる必要なんてない。なんでも話してくれりゃいい。何度も言わせるな。俺はおまえのことが嫌いじゃないんだよ」

「でしたら早速言いますけれど……」

「なんだ?」

「猫ちゃんが殺されてしまったのです」

「猫ちゃん?」

「はい。猫ちゃんです。名前はトラちゃんです」

「トラちゃん、トラちゃん、か。そうか……」

「何かご存じありませんか?」


 ミン刑事は「ないこともないんだな、それが」と言い、その言葉を受けたメイヤ君は驚いたような顔をした。尋ねたはいいが、まさかミン刑事に心当たりがあるとは思ってもいなかったのだろう。


「どこから話したもんかね」

「最初から話してください。シーケンシャルに」

「シーケンシャルだなんて、難しい言葉を知っているんだな、メイヤは」

「そうですよ。ナメないでください」

「ナメているつもりはないんだがな」ミン刑事はまたコーヒーをすすった。「今朝方にな、妙な男が出頭してきた」

「妙な男、ですか?」

「ああ。メイヤ、おまえに言われた通り、シーケンシャルに話そう」

「お願いします」

「その妙な男は、なんでも昨日の深夜に宝石店に盗みに入ったそうなんだよ」

「宝石店?」

「ああ、そうだ。宝石店だ。閉店後に店の裏口の鍵を開けて、中に入ったようだ。やっこさん、鍵破りが達者みたいでな、『こと』は上手く運んだらしい」

「話が良く見えないのですけれど……」

「まあ、最後まで聞け。男は他の宝石には目もくれず、壁のショーケースに飾られているダイヤだけを狙った。当然ではあるが、ショーケースは頑丈にできていた。だから、鉄砲玉をくれてやって割ったそうだ。ダイヤのサイズは大人の親指の爪くらいの大きさだった」

「それで?」

「男は盗みを働いたあとにすぐに街を出る予定だった。だが、唯一の心残りがあった。男はトラちゃんをえらくかわいがっていたそうでな。だから、トラちゃんに挨拶をしてから、街からオサラバするつもりだった。で、男は首尾良く、暗い路地で、トラちゃんに会うことができた。買っておいたジャーキーをやるつもりだったらしい。その際に問題は起きた」

「問題?」

「男は盗んだダイヤをジャケットの内ポケットに忍ばせたそうだ。だが、まったく間抜けな話だが、その内ポケットには穴が空いていたらしい。普段はポケットに煙草とオイルライターくらいしか入れていなかったもんだから、小さな穴が空いていることには、まるっきり気づいていなかったそうだ」

「まだちょっと、話が見えないのですけれど……」

「内ポケットに空いていた穴から、何かの拍子にダイヤが地面に転がっちまったんだよ。内ポケットの小さな穴から、盗んだダイヤがこぼれ落ちてしまったのさ」

「こぼれ落ちてしまって、それでどうなったのですか?」

「男いわく、トラちゃんってのは、なんでも口にしちまう癖があったらしくってな。だから、転がり落ちたダイヤも飲み込んじまったんだ。飲み込んじまったあとに、トラちゃんは逃げた。トラちゃんとやらにどういう意図があったのかはわからないが、とにかく逃げちまったんだよ」

「だから男はトラちゃんを追いかけた……」

「ああ、そうだ。すぐに追いついたそうだよ。猫みたいなすばしっこい生き物にどうやって追いつけたのかはわからないがな」


 追いつくことができたのは多分、トラちゃんがでっぷりと太っていたからだろう。走ったところで、遅かったのだ。すばしっこくはなかったのだ。だから、男はすぐに、トラちゃんを捕まえることができたのだ。


「要するに、ダイヤを飲み込んだから、男はトラちゃんのおなかを裂いて、それを取り出そうとしたってことですか?」

「その通りだよ、メイヤ。おまえさんの言う通りだ。男は懐に忍ばせていたナイフでもって、トラちゃんの腹を真っ二つに裂いたんだ」

「そんな、ヒドい……」

「ふと我に返ったときに、自分でもヒドいことをしちまったって後悔したそうだ。それくらい、男にとってはトラちゃんがかわいくてしょうがなかった。だからわざわざ、自首してきたんだ。本当に、洗いざらい、しゃべってくれたよ。トラちゃんとやらを殺しちまったことを自白するや否や、やっこさんは大泣きした」

「そうなのですか……」

「やっこさんは、ダイヤを盗んだことについては特に反省しちゃいない。だけど、トラちゃんを殺してしまったことについては心の底から悔いている。愚かな話さ。だけどな、メイヤ。やっこさんはきっと、悪いヤツじゃないんだよ。他意なく言うがな、猫を一匹殺したってくらいで、自首なんてするはずがないんだ。だからだ、だから」

「だから、なんですか……?」

「泣くなよ、メイヤ」

「だって、トラちゃんだって、力いっぱい生きていたんですよ? 一所懸命、生きていたんですよ?」

「きっとそうなんだろうな。そう思う。だからこそ、やりきれないっていうのも事実だ」

「トラちゃん……」

「もう行くぜ。女に泣かれると気分が悪い」

「すみません」私は小さく頭を下げた。「お手数をかけしました」

「おまえに話してやったつもりはない」

「それでも、ありがとうございました」


 ミン刑事は、「ふん」と鼻を鳴らすと、身を翻し、事務所から立ち去ったのだった。


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