10-2
メイヤ君にトラちゃんの遺体がある現場まで案内してもらった。確かに、とある『胡同』からさらに狭い路地に入ったところに、トラちゃんは横たわっていた。すぐそばに近づき、腰を下ろす。本当に腹を真っ二つに掻っ捌かれている。意外と穏やかな死に顔であることが、せめてもの救いかもしれない。
トラちゃんのかたわらに屈んでいるメイヤ君が、すんすんと鼻を鳴らした。そのうちまた泣き出すことだろう。
「トラちゃんはオス猫なんだね」
「はい」
「ヒドい殺し方だ」
「でしょう?」
「そして確かに、大きな猫だ」
「だからこそ、愛嬌があったんですよ?」
腹の中が露出しているわけだ。そのため、遺体からはヒドい匂いがする。そんなことはうっちゃって、私は裂かれた腹部に顔を寄せる。トラちゃんの腹を指で『めくって』、その内部を観察した。
「おや?」
「なんですか?」
「良く見てみなさい」
メイヤ君はトラちゃんの裂かれた腹を覗き込んだ。
「あっ」
「気付いたかい?」
「はい。鈴がありますね」
事実、裂かれた腹の中には血に濡れた鈴があった。私の親指の爪ほどの大きさの、少々大ぶりな鈴だ。そんな鈴が二つ、紐に結わえられたかたちで、腹の中におさまっていた。
「なるほどです。トラちゃんのおなかには鈴が入っていた。だから動くたびに、りんりんって音が鳴ったのですね」
「どうにもそうらしい」私は血が付着した右手の指をハンカチで拭った。「ならばなぜ、トラちゃんのおなかの中に鈴が入っているのか」
「なぜなのですか?」
「答えは一つしかないだろう?」
「どういうことですか?」
「簡単な話さ。トラちゃんはこの鈴を飲み込んだんだよ」
「飲み込んだ?」
「それ以外の理由があるかな」
「ないように思いますけれど……」
「これ以上、トラちゃんから得られそうな情報はないね。とはいえ、だ」
「とはいえ?」
「やっぱり事件性を感じるよ。単なる異常者の仕業だとは、私には思えない」
「例によって、探偵の勘とやらが、そう囁くのですか?」
「そういうことだ」
「勘だとか予感だとか、マオさんはそればっかりです」
「そうだよ。だって私は探偵だからね」
「トラちゃんをこのままここに置いておきたくはありません」
「当然、私もそう考える。やっぱり、ちゃんと葬ってやらないとね」
「どこに埋めてあげましょうか?」
「墓地がいいだろう。というか、墓地しかない」
「ヒトが眠っている墓地ですか?」
「そうだよ」
「近隣の墓地というと、その、マオさんのかつての恋人さんが眠っているところですよね……?」
「ああ、そうだ」
「いいのでしょうか。勝手に埋めちゃったりして……」
「墓地の管理なんてずさんだよ。猫一匹を埋葬したところで、なんの問題も生じない。というより」
「というより、なんですか?」
「たとえ猫だとしたって、それは一個の魂だ。その魂を蔑ろにすることはゆるされない」
「マオさん……」
「泣くのはよしなさい、メイヤ君」
「はい。わかりました……」
「君は大きなタオルを買ってきなさい」
「トラちゃんをぐるぐる巻きにできるような大きなヤツですね?」
「そうだ。私は大きなスコップを買ってくるから」
「お花も買ってきていいですか?」
「勿論だ」私は懐から財布を取り出して、紙幣をメイヤ君に手渡した。「花は特にいいものを買ってきなさい」
「慎ましやかな花束にします」
「それはまたどうしてだい?」
「静かに見送ってあげたいからです」
「その気持ちは、なんとなくわかる」
「トラちゃんと一緒に埋めてあげられるような、小さな花も買ってきますね」
「そうしなさい。準備が整い次第、タクシーで墓地に向かおう」




