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超Q探偵  作者: XI
38/204

9-2

 メイヤ君はいっぱいの薔薇を胸に抱えて事務所に戻ってきた。「頂戴したお金を全部はたいて、めいっぱい買ってきましたですよ」ということだった。確かに、めいっぱいの薔薇の花束だ。真紅の花は花弁が大きく、数も多い。この街において薔薇は安くない。メイヤ君は駄賃として一銭もちょろまかすことなく、本当に私が寄越した金の分だけ薔薇を買ってきてくれたようだ。


「メイヤ君、その薔薇を抱いたまま、ついてきてもらえるかな」

「どこに行くのですか?」

「墓地だよ」

「墓地?」

「ああ。墓地だ」

「墓地になんの御用ですか?」

「花束を持って墓地を訪れる理由なんて、一つしかないと思うけれどね」


 事務所をあとにし、『胡同フートン』から表通りに出たところで、タクシーを拾った。


 二十分ほどで郊外の墓地に到着。


 墓地の周囲は網目状のフェンスに囲まれていて、そのフェンスにはサビが目立つ。私はとある墓の前でしゃがみ込んだ。墓石には『リン シャオメイ』と彫られている。それほど高価な墓石ではない。だけど、精一杯の想いを込めて建てた墓石だ。


「手向けてあげてほしい」

「誰のお墓なのですか?」

「それはこれから話すから」


 メイヤ君はおずおずといった感じで薔薇の花束を墓石の前に置くと、私の隣に並ぶ格好で膝を折った。


「それで、誰なのですか? シャオメイさんって」

「私が愛した女性だよ」

「えっ」

「驚くようなことかな」

「愛した女性、ですか……?」

「意外かい?」

「正直、はい……」

「私も一応、ヒトだからね。愛情くらいは持つんだよ」

「どういう女性だったのですか?」

「物静かな女性だったよ。実際、それほど多くの言葉をかわした記憶はない」

「どうして亡くなられてしまったのですか?」

「肺の癌だった。一年ごとの健診の折にレントゲンで見つかってね」

「毎年、シャオメイさんは検診を受けられていたのですか?」

「私も受けていたよ。彼女にせがまれたんだ。ずっと一緒にいたいから、だったらお互いにずっと健康である必要があるから、ってね。でも、彼女の場合、癌が見つかった時にはもう手遅れだったんだ」

「そうなのですか……」

「癌はヒドい。彼女の病室には最初、彼女を合わせて六人いたんだけれど、その六人が、一人また一人と減っていったんだ。本当に、怖いね、癌は。心の底から、そう思った」

「……でも」

「でも?」

「恋人さんは、シャオメイさんは幸せだったんじゃありませんか? マオさんに最後まで、ううん、最期まで見届けてもらって、幸福だったんじゃありませんか?」

「そう思いたい。そう思いたいんだけれど」

「思いたいんだけれど、なんですか?」

いまきわにあって、彼女はそれはもう泣いたんだ。死にたくない死にたくないって言って、泣きじゃくったんだ。彼女が取り乱すなんて思いもしなかった」

「それだけ、マオさんのことを愛してらっしゃったのですね……」

「だからこそ、無力さを感じずにはいられなかった。悲しいことだったよ、本当に」

「今でも悲しいんですよね? だからせめてもと思ってマオさんは花束を……」

「そうだよ。もはや言わずもがなだろうけれど、今日は彼女の命日なんだ。彼女は本当にいいヒトだった。だから、召された先は天国だろうと思う。おかしいかい? 私のような人間が天国だなんて不確かな存在を信じているだなんて」

「おかしいだなんてことはありません。ちっともおかしいことだなんて思いません」

「メイヤ君には長生きをしてほしい。例え私がいなくなっても、強く朗らかに生きてほしい」

「マオさんがいなくなるとか、そんなこと言わないでくださいよぅ」

「君はつくづく泣き虫だね、メイヤ君」

「だってマオさんが、自分がいなくなってもとか言うから……」


 メイヤ君が両腕で私の左腕にしがみついてきた。


「わたし、本当にマオさんのことが好きなのですよ?」

「それは愛情かい?」

「何度も言わせないでください」

「君は私と一回りも違うじゃないか」

「歳なんて関係ありますか? 十七の娘なんて相手にできないって言うのですか?」

「違うだろうね。うん。それは、きっと違う」

「じゃあ、どうして愛しているって言ってくださらないのですか?」

「愛するヒトを持つことが、私はもう、怖いんだろうね」

「マオさん……」

「なんだか難しい話をしてしまったね。すまない」

「謝ることはありませんけれど……」

「君を拾ったのは、どうしてだったかな?」

「それは、わたしが母を失って、寂しい思いをしていたからです」

「うん、そうだね。そうだったね」

「マオさんは優しいヒトです。斜に構えてるところはありますけれど、それでも根っこは優しいヒトです」

「いい女性だったんだよ、本当に」

「シャオメイさんが、ですか?」

「うん。他者にあんなに愛してもらえるなんて、思いもしなかった」

「本当に、マオさんは気づいていらっしゃらないのですね」

「うん?」

「ですから、マオさんは十二分に、魅力的なひとなんですよ?」

「そうかい」

「そうなんですよ?」

「メイヤ君」

「なんですか?」

「今日はいい天気だね」

「それが、どうかしたのですか?」

「彼女が亡くなった日も、いい天気だったんだ」

「またそうやって悲しいことを言う。マオさん」

「なんだい?」

「わたしは癌になんかかかりませんから。大丈夫です。バッチリなのです」

「そうあってほしい」

「そうあります。って、あれ? マオさん、泣いているの、ですか……?」

「確かに私は泣いている」私は腰を上げ、薔薇にも目を落とした。「なぜならね、彼女の命日には泣くことに決めているからだ」

「そうなのですか?」

「そうなんだよ」

「でも、でもっ、ダメですっ」立ち上がったメイヤ君が私の胸に飛び込んできて、私にぎゅうっと抱きついてきた。「どうか泣かないでください。マオさんが、貴方が泣くと、わたしもとても、とっても苦しいです。胸がきゅうって締めつけられます」

「案外、殊勝なことを言うんだね、君は」

「泣かないでください、マオさん。お願いです……」


 私はメイヤ君の後頭部に手をやり、後ろ髪をゆっくりと撫でた。

 美しいきんいろの髪に、指をそっと絡める。

 柔らかい。

 これが女性の、いや、メイヤ君の柔らかさなのだろう。


「さて。お参りはおしまいだ。麻婆豆腐でも食べて帰ろう」

「麻婆は値が張るからNGだったのでは?」

「たまには、いいだろう」

「マオさん」

「うん?」

「大好きなのです、マオさんっ!」


 彼女が尚一層体に抱きついてくるものだから、私は尚も彼女の美しいきんいろの髪を撫でずにはいられなかった。


「メイヤ君」

「はい」

「ありがとう」

「どうしてお礼を?」

「なんとなくだよ。とにかく、ありがとう」


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