表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
超Q探偵  作者: XI
36/204

8-3

 翌日のメイヤ君は朝から無口だった。二人掛けのソファに仰向けに寝転がり、真っ白な両脚をミニスカートの裾から放り出したままでいる。時折、目をこすりながら泣いたりもした。わかる話だ。マーメイ氏の死を思うと、どうしたってやりきれないだろう。


 朝食もとらず、昼食もとらず、そのせいでさすがに腹がすいてきたので、私は新聞を折り畳んだ。回転椅子から腰を上げ、ソファで横になっているメイヤ君に、「食事に行こう」と声をかけた。


「要らないです。食べたくありません」

「人生、食べてなんぼじゃなかったのかい?」

「そんなこと言ってません」

「言ったよ。君は確かにそう言った」

「マオさん」

「なんだい?」

「悲しいです。とってもとっても悲しいです。でも」

「でも?」

「実を言うと、やっぱりおなかがすきました……」

「そうだよ。どれだけ悲しいことがあっても、おなかはすくんだ」



 茶色いボルサリーノをかぶったメイヤ君と一緒に、夜の屋台に出かけた。屋台に着くと、店外に置かれている丸椅子に座り、木製の簡素なテーブルを前にした。向かいに座っているメイヤ君の目元はまだ赤い。


 鯖を焼いたものと白飯を二人前、頼んだ。『おまけ』の白い小鉢には大根の漬け物が入っている。メイヤ君はしょんぼりとした顔をしながらも鯖に箸をつけ咀嚼し、今度は大根の漬け物を口にすると、白飯を食べた。


「マオさん」

「なんだい?」

「鯖なんて初めて食べました」

「味はどうだい?」

「案外、美味しいです」

「だろう?」

「そういえば、マオさんって、滅多にお肉は口にしませんよね。どうしてですか?」

「肉の脂が苦手なんだ」

「この鯖だって、脂がのってるじゃありませんか」

「肉と魚の脂は別だ」

「そうなのですか?」

「そうなんだよ」

「マオさん」

「今度はなんだい?」

「お酒を飲んでみたいです」

「飲んだことがないのかい?」

「ありません」

「じゃあ、『どぶろく』でも飲んでみるかい?」

「そうします」

「わかった」


 店の人間をわざわざ呼びつけて注文するよりは早いので、私は店内のカウンターに顔を寄越した。紙幣と引き換えに白い陶器の器に入った『どぶろく』を店員から受け取り、それを持って席に戻った。


 白い陶器の器をメイヤ君に手渡すと、乳白色の『どぶろく』を彼女はひと口舐めた。


「おぉっ、甘いのですね」

「そうなんだよ。その甘さが、私はどうにも好きになれないんだけれど」

「でも、不味くはないのです」


 そう言うと、メイヤ君はがぶがぶと飲み干してしまった。


「マオさん」

「なんだい?」

「もう一杯、もらってきてください」

「一杯だけにしておきなさい」

「もう一杯もらってきてくださいっ!」


 メイヤ君は下唇を噛み、今にも泣き出しそうな顔をしている。


「もう一杯だけだよ?」

「はい。もう一杯だけですから」


 二杯目を飲んで数分。


 メイヤ君は白いほおを真っ赤に染め、首をこてっこてっと左右に倒し始めた。「えへへ」と笑う。「えへへへへぇ」と笑うのだ。


「酔っぱらっちゃいましたぁ」

「みたいだね。もう帰ろう」

「はーい」


 そう返事をしたメイヤ君は椅子から立ち上がったところで、すぐにすとんと地面にへたり込んでしまった。彼女は私のことを見上げ、やっぱり「えへへぇ」と笑うのだ。


「えへへぇ、マオさーん」

「なんだい?」

「すっごくエッチな気分なのです」

「メイヤ君、約束しなさい」

「何を約束すればいいんですかぁ?」

「私と一緒のときにしかお酒は口にしないと約束しなさい」

「はーい、わかりましたぁ」

「わかっていないだろう?」

「わかりましたよぅ。ねぇ、マオさーん、おんぶぅ」


 私はまず彼女の頭からボルサリーノを奪い去り、それを自分の頭にのせた。それから背を貸し、彼女のことをおぶってやった。


 帰路をゆく。


「マオさーん」

「なんだい?」

「エッチな気分ですー」

「それはさっきも聞いたよ。いいから約束なさい、メイヤ君」

「しますよー。しますよー。マオさん以外のひととお酒は飲みませーん」

「本当に、約束だよ?」

「マオさんってば、珍しくしつこいですねー」

「しつこくもなる」

「どうしてですかー?」

「さあ。どうしてだろうね」

「へー、うへへぇ、にゃあ、にゃあー」

「妙なうわ言だ」

「マオさーん、大好きですぅ」


 メイヤ君はそう言うと、私の首に巻き付けている両腕に力を込めた。


「苦しいよ、メイヤ君」

「にゃー、にゃあぁ」

「事務所に着いたら、ちゃんと寝間着に着替えて寝るんだよ?」

「着替えさせてくださーい」

「手伝ってはあげるよ」

「変なところ、触らないでくださいねー?」

「気をつけよう」

「嘘でーす。触っちゃってくださーい、にゃははははぁ」


 かぷっかぷっと、メイヤ君が耳たぶに噛み付いてくる。


「メイヤ君、よしなさい」

「マオさんの耳たぶ、美味しいですねー」


 今度は耳たぶにれろれろと舌を這わせてきた。でも、それからまもなくして、すーすーと静かな寝息が聞こえてきた。まったく世話が焼けるなあと思いつつ、頭上に目をやった。


 澄んだ夜空に、満月が浮かんでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] むむ。料理教室の先生は殺されてしまいましたか。 物騒な街では日常茶飯事なのかもしれませんが、それにしてもやりきれない話ですなあ。 酔った女の子はえてして可愛いものですが、やはりメイヤちゃん…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ