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超Q探偵  作者: XI
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8.『料理教室』 8-1

 この街、『カイホー』には、『料理教室』なるものがあるようだ。『料理教室』とは文字通り、先生から色々な料理をレクチャーしてもらえる一種の習い事であるらしい。様々な食材の様々な調理方法を教えてくれるという話だ。小遣いをやりくりして、メイヤ君はその『料理教室』に通っているとのこと。たかが料理、されど料理ということなのだろう。向上心があるのは素晴らしいことだと思う。メイヤ君は勉強熱心なのだ。


 ある日のことである。


 メイヤ君から、「マオさん、明日、ちょっと見学に来ませんか?」と、その『料理教室』に誘われた。


「あいにく、私は料理にあまり興味がないよ」

「そうおっしゃらずに、一度、見に来てください」

「私の分のお金はかからないのかい?」

「見学という名目であれば、かからないと思います。何せ大らかな先生ですので。どうせマオさんは暇でしょう? 外出しましょうよ。するべきです」

「このデスクについて新聞を読んでいる時間が、もっとも有意義なんだけどなあ」

「まあまあ、いらしてくださいよ。きっと楽しい思いができるはずですから」



 翌日、あまり気が進まないながらも、私は『料理教室』とやらに足を運んだ。場所は木造平屋の建物の一室だ。白い壁紙に覆われた室内には、いわゆるアイランドキッチンが六つある。真新しくはない。使い込まれている感がある。が、清潔感に満ち溢れている。覗き込んでみた流し台はピカピカと輝いていた。

 

 六つのキッチンは女性ばかりで埋まっている。だから少なからず場違いさを感じてしまう。いささか気後れしてしまうのだ。メイヤ君はすっかり顔なじみであるらしく、女性らと親しげに世間話をする。私のことについては、『雇い主』だと紹介した。良かった。メイヤ君の悪戯っぽい性格からして、あるいは「フィアンセです」だなんて言葉が飛び出してくるのではないかと危惧したくらいだから。


 生徒である女性らとひと通り談笑すると、メイヤ君はステンレスのテーブルに置いてあったトートバッグから白地に花柄のエプロンを取り出し、それを身につけた。続いて、彼女は同じ模様のエプロンを私に寄越してきた。


「私もエプロンをつけなければいけないのかい?」

「そうですよ。昨日、わざわざおそろいを買ってきたんですよから。ありがたく思ってください」

「この柄は男性向きじゃないよ」

「いいから、つけてください」


 やむなく私はエプロンに首を通した。腰のひもは、メイヤ君がちゃちゃっと締めてくれた。私は背が高い。だからエプロンもつんつるてんである。


「しっくりこないなあ」

「エプロン姿のマオさんは新鮮です」

「褒めてもらっているのかな?」

「そのつもりです」


 先生であろう女性が入室してきた。真っ白な着衣。まさにコックさんといった出で立ちである。ひっつめ髪が特徴的な、なかなか美しい女性だ。アクティヴそうでもある。


 先生は、「おはよーございますっ!」と勢い良く言うと、お行儀良くお辞儀をした。メイヤ君を始めとする生徒らは、「おはよーございますっ!」と元気良く返したのだった。


「今まではちょっと難しい料理に取り組んできました。なので、今回は簡単な料理をお教えしましょーっ」


 先生が快活にそう声を放つ。対して生徒である女性陣はというと、これまた「はーいっ!」と朗らかな返事をした。


「どうです、マオさん。なんだかわくわくしませんか?」

「わくわくまではしないけれど、楽しい気分にはなってくるね」

「とてもいい先生なのですよ」

「うん。はつらつとしていて、気持ちのいい女性だね」


 先生は、「まずはトマトを湯むきしてくださーいっ」と声を発した。


「湯むきってなんだい?」

「えー、マオさん、そんなことも知らないんですかぁ?」

「トマトを茹でて、皮をむくってことかい?」

「そうです。へたの反対側に十文字の切れ目を入れてください。で、茹で上がったら冷水にちょっぴり浸して、それから皮をむいてください」

「それくらいならできそうだ」

「がんばってみてください。見ていて差し上げますから」


 言われた通り包丁で十文字に切れ目を入れて、トマトを丸ごと鍋に放り込んだ。ある程度したところで取り出して、冷水に数秒浸し、切れ目を頼りに皮をむいた。ふむ。ジューシーそうだ。これを丸かじりするだけでも充分美味いだろうなと私は思った。


「うすーく油を引いたフライパンを弱火で熱して、パンが温まるまでの間にトマトをざく切りにしてくださーいっ」やはり先生の声は大きい。「ざく切りですから、大きさはテキトーで結構ですよーっ」


 ふむふむ。そうなのか。


「メイヤ君、フライパンはどこにあるんだい?」

「パンはわたしが準備しますので」

「ふむ。わかった」


 まな板の上に置いたトマトをざく切りにする。

 そこまでやったところでふと気がついた。


「メイヤ君」

「なんですか?」

「私の立場は見学者じゃなかったのかい?」

「そうおっしゃらずに。積極的に参加しましょう」

「私は教室の生徒じゃない。別料金が発生するんじゃないのかい?」

「ほら、またそうやってお金の心配をするぅ」

「それでは、切ったトマトをフライパンに放り込んでくださーいっ」やっぱり元気な先生の声は大きいのだ。「中火にして、トマトの水気を飛ばすように炒めるのがコツですよーっ」

「メイヤ君、そうなのかい?」

「先生様がおっしゃられるのですから、それで間違いないのです」

「では、そろそろ卵を投入してくださーいっ」先生の声は本当に良く通る。「炒り卵はレアにしてくださーいっ。調味料は塩胡椒に醤油、それに『ニホン酒』ですよーっ。隠し味に砂糖を混ぜることもお忘れなくーっ!」

「メイヤ君、『ニホン酒』っていうのは、アレかい?」

「そうです。アレです。『ニホン酒』とは、かの有名な異国のお酒のことです」メイヤ君がキッチンの下の収納から、小さな瓶を取り出した。「これにその『ニホン酒』が入っています」

「ふむ」『ニホン酒』を少々投入しつつ、先生から言われた通りに味付けをした。「これでいいのかな?」

「いいと思いますですよ。いい匂いがしていますので。せんせーっ!」メイヤ君が右手を上げた。「白いご飯はありますかーっ?」

「メイヤちゃんならそう言うだろうと思ってましたよーっ。ご飯は炊いてありまーすっ。何杯でもおかわりしてくださーいっ」


 メイヤ君は「やったーっ!」と言い、ばんざいをしながらぴょんと飛び跳ねた。


「君は本当に食事をすることが好きなんだね」

「そうですよ。人生、食べてなんぼです」

「私はそうは思わないなあ」

「マオさんは『食』に対してもっと貪欲であるべきです」

「そうかな」

「そうですよ」


ステンレスのテーブルを前にして、私とメイヤ君は並んで丸椅子に腰掛けた。


 出来上がったトマトと卵の炒め物を口にするなり、「おぉっ」と声を上げたメイヤ君である。「手間暇のかからないお手軽な料理なのに大したものですよ」と言うあたり、感心しているようだ。


「そうかい。美味しいのかい」

「マオさんも食べてください」

「私はおなかがすいていないから」

「ダメです。自分が作ったものがどれだけ美味しいのか、それを確かめるまでが『料理教室』なのです」


 メイヤ君が炒り卵とざく切りのトマトを箸で一緒につまんで、「はい、マオさん、あーん」と私に口を開けるよう促してくる。やむをえないので「あーん」をして、メイヤ君が手にしている箸を口にした。ふむ。トマトのほど良い酸味と卵の柔らかさが絶妙だ。『ニホン酒』というアクセントも窺い知ることができる。


「マオさん、どうです? 美味しいでしょう?」

「確かに美味しいね」

「自分で作った料理が美味しいって、とっても素敵なことではありませんか?」

「そう考えて、君はこの『料理教室』に通っているのかい?」

「というか、料理のレパートリーを増やしたいのです。そうしたら、市場で何を買うにしても、選択肢が増えるじゃないですか。美味しい料理を提供するのが、助手としての務めなのです」

「知らなかった。健気なんだね」

「そうですよぅ」


 他の女性生徒からの視線が痛い。「メイヤちゃんはかいがいしいねぇ」という初老の女性の声。「メイヤちゃんの雇い主さんは男前だねぇ」という中年の女性の声。「確かにいい男だね。だけど、遊ばれないようにしなよ」という若い女性の声。


 メイヤ君は照れるのだ。頭を掻き掻き、「てへへ、てへへ」と照れるのだ。


「マオさんっ」

「なんだい?」

「もう一度、あーんをして差し上げますっ」

「いいよ。もう要らないよ」

「そんなことおっしゃらずに、わたし達のラヴラヴさを見せつけてやりましょーっ!」

「ラヴラヴじゃない。私と君は探偵と助手という間柄だ」

「えー、マオさんのいけずぅ」

「いまの君は少々舞い上がっているようだね」

「てへへ。そうかもしれませんね」


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