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超Q探偵  作者: XI
32/204

7-3

 木曜日。


 夜、メイヤ君と共に、目的地の『飲み屋』に向かっているさいちゅうである。


「奥方様は今日この日、木曜日に、旦那様がどこに飲みに行かれるのか知っているわけです。だったらやっぱり、奥方様が『飲み屋』さんを直接訪ねてみればいいだけのことだと思いますけれど」

「それは君の言う通りだよ。だけど、奥方にはそれができない。伝えられた『飲み屋』にいなかったらどうしよう。いなかった場合、どこにいるんだろう。ひょっとしたら誰か女性と会っているんじゃないか。そのあたりのことを考えると怖いんだ。だけど、真相を知りたい。知らずにはいられない」

「そこで探偵のご登場というわけですね」

「そうなるね。メイヤ君」

「はい」

「目的地に着いたら、大きな声を出してほしい」

「わかっています。大声で旦那様の名前を呼べば良いのですね?」

「そういうことだ」


 多くの商店、露店が立ち並ぶ、とある『フートン』の『飲み屋』に到着した。大衆的な『立ち飲み屋』である。背の高いテーブルを前にして、客が酒を酌み交わしている。


 店の中でコホンとひとつ咳払いをすると、メイヤ君は右手を上げた。「はーい、ちゅうもーく!」と大きな声を発した。「シーピンさんはいらっしゃいますか! シーピンさんです、シーピンさんでーす! いらっしゃいましたら、速やかに挙手してくださーい!」


 シーピン氏は店の奥にいた。メイヤ君の呼びかけに応じる格好で、彼はおずおずといった感じで右手を上げた。ずんずん進むメイヤ君である。私も彼女に続いた。


 メイヤ君の大声のせいで、店の中は時が止まったように静まり返っている。客はみな、「なんだ、なんだ?」とでも言いたげな顔を寄越してくる。


 シーピン氏のもとに至った。テーブルの上には瓶ビールと小さなコップが二つ。酒はそれほど進んでいないようだ。


 シーピン氏は立派な体躯をしている。じゃっかん、おなかが出ているのが残念と言えば残念だ。年は大まかに見て、四十代の半ばから後半といったところだろう。


 テーブルを挟んでシーピン氏の向かいにいるのは、二十代そこそことおぼしき女性だ。ベージュのワンピースに白いカーディガン。黒い髪は肩まである。


 メイヤ君がいきなり、テーブルを両手でバァンと強く叩いた。


「ヒドいです、シーピンさん! 奥方様がいる立場でありながら、こんな若い女性と逢引だなんてっ!」


 メイヤ君の勢いに気圧されたのか、シーピン氏は身を引いた。いっぽう、黒髪の若い女性は、「違うんです、違うんです」と言いつつ、慌てた様子で胸の前で両手を振った。


「何が違うんですか!」メイヤ君は尚も噛み付く。「サイテーです、シーピンさん。やっぱり浮気なんですね!」

「い、いや、違う、違うんです」シーピン氏はかぶりを振った。「お嬢さん。そういうことじゃなくて」

「シーピンさん。ここまできたら、潔く白状してください!」

「だから、違うんだよ、お嬢さん」

「ですから、何が違うっていうんですか!」

「メイヤ君」

「なんですか、マオさん!」

「君はちょっと黙っていなさい」

「黙っていられませんっ!」

「いいから、黙っていなさい。シーピンさん。ウチの助手がやかましくて申し訳ありません」

「い、いえ。助手さん、ですか……?」

「はい。私は探偵です。マオといいます」

「探偵さん?」

「はい。探偵です」

「そうか。そうですか……」

「すべてを悟られたようですね」

「はい。私の妻から話を聞かされたんですね?」

「ええ。その通りです」

「妻がこの場を訪れるようなことがあれば、すべて話すつもりでいました」

「告白するつもりだったんですか!」メイヤ君は問い詰めるように言う。「こんな若い女性と浮気をしているだなんてことを、正直に話すつもりだったのですか!」

「だからメイヤ君、君はちょっと黙っていなさい」私は獰猛な助手を制した。「貴方のその口振りからして、どういうことであるのか、ある程度の想像はつきました。その想像が『アタリ』であるかを確かめたい。話していただけますか?」

「はい、その……」シーピン氏は向かいの女性に目をやった。「彼女は私の子でして……」

「へっ?」目を点にして、呆気にとられたような顔をしたメイヤ君である。「お子さん、なんですか?」

「はい……」バツが悪そうな顔をして、シーピン氏は頭を掻いた。「その、えっと、なんというかその、昔、一度のあやまちがありまして……」

「過去に夫がいる女性と関係を持たれた。そういうことですね?」

「そうなんです……」

「ふむ」

「それはそれでヒドい話じゃありませんか!」メイヤ君がまた怒鳴る。「旦那様がいらっしゃる女性との間に子供をもうけるとか、ヒドいじゃありませんか!」

「メイヤ君」

「なんですか!」

「黙りなさい」

「でも!」

「黙りなさい」

「むぅ……」

「シーピンさん」

「はい」

「そちらの女性、すなわち、お子さんと会うのが木曜日の夜だということですね?」

「はい。その……」

「その?」

「彼女の母親、つまり私が関係を持った女性は、二ヵ月ほどまえに亡くなりまして……」

「亡くなる直前に母が打ち明けてくれたんです」と女性は言った。「私の本当の父親は、今の父親とは別のニンゲンだろうって……」

「ふむ。確かに、シーピンさんと貴女は目鼻立ちが非常に良く似ている。だからお母様も、そうではないかと気づかれたわけだ」

「そうなのだと思います」

「娘さん、話の続きをお聞かせください」

「母からアパートの名前を聞かされたんです。ひょっとしたら、父は……シーピンさんはまだそこに住んでいるかもしれない、って」

「そこで直接アパートを訪れてみることにした」

「はい。どうしても一度、会ってみたくて。母が亡くなってから少し経ってアパートを訪ねました。そうしたら、シーピンさんが顔を出してくれて。会った瞬間、わかりました。ああ、このヒトがそうなんだな、って。肌で感じたんです」

「私も彼女から話を聞かされ瞬間、ああ、そうに違ないと直感的に確信しました」シーピン氏は続ける。「彼女が訪ねてきてくれたちょうどそのとき、妻は買い物に出かけていて、不在だったんです。それで、彼女と木曜日にこの酒場で会おうという約束をして、その場は別れました」

「奥方がご帰宅されても、貴方は真実をお話しになられなかった」

「話せなかったんです。ええ。話す勇気がなかった……」

「でしたら、それこそ勇気を持って奥方にすべてを打ち明けられれば、何も問題はありませんね」

「これから帰って話します」そう言うと、シーピン氏は、鼻からふーっと息を漏らし、微笑んだ。「ああ……ついにこの日が来たんだなあ……」

「シーピンさん」女性がそう呼びかけた。「私も今の貴方の奥さんに会いたい。会ってちゃんと挨拶をしたい」

「そうしてくれるのかい?」

「うん。その代わり、貴方にも私のお父さんに会ってほしい」

「そうだね。私はろくでなしだと、君のお父さんに謝らなくちゃいけない」

「一発くらいは殴られるかもしれなけど、私のお父さん、とっても優しいひとだから、きっとゆるしてくれると思う」

「そうかい?」

「うん」


 どうやら話はまとまったようだ。


「探偵さん」シーピン氏がこちらを向いた。「このたびは妻の依頼をお引き受けいただき、ありがとうございました」

「私がここを訪れたことは、いいきっかけになったようですね」

「はい。いつかはすべてを明るみに出さなければと考えていましたから。あっ、依頼料は妻からお受け取りになられたのですか?」

「ええ。頂戴しました」

「えっ」と声を上げたのはメイヤ君だ。「いただいてないじゃないですか」

「がめついね、君は」

「えっ、えっ?」

「ではこれにて、失礼します」


 私はとっとと場を辞去した。


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