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事務所までの帰路に着いているところで、メイヤ君はようやく泣きやんだ。「グエンさんは最低です。ヒトとして最低ですっ」と強い語気で言う。
彼女の言い分を肯定するつもりで、私は「そうだね」と言った。
「『そうだね』だけで済ませてしまうあたりに、マオさんに冷たさを感じざるを得ないです」
「そうかい?」
「そうに決まってるじゃありませんか。あっ、マオさん」
「なんだい?」
「そこの露店で肉まんを買ってもいいですか?」
「君だって、立ち直りが早いじゃないか」
「正直に言います」
「言ってごらんなさい」
「わたしは悲しいことを引きずるタチです。だけど、色々と割り切っていかないと、この街では暮らしていけないと心得たのも事実なんです」
「そうありなさい」
「はい。がんばって、そうあります」
事務所に到着。
私は二人掛けのソファに腰を下ろし、メイヤ君は向かいの一人掛けのソファに座った。彼女は、もぐもぐと美味しそうに肉まんをほおばる。にこっと笑って見せた。メイヤ君の笑顔が、案外、私は好きだ。
「マオさん、マオさん」
「何度言わせるんだい。一度呼んでくれれば返事をするよ」
「本当に、残念な事件でしたね」
「まあね。報酬も得られなかったわけだし」
「報酬の話をしているんじゃありません」
「わかっているよ。はなから報酬抜きで動いていたわけだからね」
「やっぱりグエンさんは悪いヒトです」
「しつこいね、君も。それは言わずもがなだろう? だけど」
「だけど?」
「エレクトラ氏にはひとを見る目がなかったとも言える」
「それってヒドい言い方です」
「そうなのかもしれないね」
「でも、マオさんにはまったく人情味がないかというと、そんなことはありませんよね」
「どうしてだい?」
「これまでの経験則からそう思います」
「人情味も過ぎたものになると足を引っ張りかねない」
「冷静に物事を観察できるマオさんのことも勿論好きですよ? だって、カッコいいですから」
「そうかい。それはありがとう」
「まるで思いのこもっていない『ありがとう』ですね」
「『ありがとう』だなんて言い慣れていないからね」
「ところでなのですけれど」
「今度はなんだい?」
「たまにはソファで寝てみませんか?」
「いいのかい?」
「はい。わたしはデスクに突っ伏して寝ますので」
「それじゃあ、お言葉に甘えさせていただくとしよう」
「そうしてください」
翌朝のことだ。
目を覚まし、タオルケットを残してソファから下りた。すると、デスクについているはずのメイヤ君の姿がない。転げ落ちたのか、それともデスクに突っ伏して寝ることに限界を感じたのか、彼女は回転椅子のすぐそばの地べたで横になって眠っていた。すやすやという擬音が聞こえてきそうなくらいの熟睡だ。
私は彼女のことを抱きかかえ、二人掛けのソファの上にそっと寝かせてやった。無論、タオルケットも掛けてやった。まったく、手のかかる助手である。




