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超Q探偵  作者: XI
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6.『結ばれなかった』 6-1

 屋台で夕食を済ませたのちの家路。


 右に折れて人通りの少ない『フートン』に入った。少し進んだところに『ランプ売り』の店があり、その前でメイヤ君が足を止めた。店の天井からいくつもランプが吊るされている。台に置かれている物もある。軒先で丸椅子について番をしている初老の男性はハンチングをかぶっていて、きちっとジャケットを着ている。洒落た商売にふさわしい洒落た風貌だ。


 メイヤ君が台の上からランプを手に取った。小さな亀のかたちをしている。甲羅がランプシェードになっていて、柄はステンドグラス調。赤に白に黄色にと色合いが鮮やかだ。


「このランプ、かわいいですねーっ」

「そうだね。かわいいね」

「あー、またそうやって気のない返事をするぅ」

「フツウに返事をしたつもりだけど」

「ねー、マオさん、これ、買って帰りませんか?」

「以前、言った。節約がモットーだとね」

「この際、無粋なことを言うのはやめましょう」

「買ったところで、どこに飾るんだい?」

「むぅ。確かに、我が事務所の雰囲気を考慮すると、どこに飾っても浮いちゃいますですね」

「それがわかっているのなら、やめておきなさい」

「はーい」


 メイヤ君が「ひやかしでごめんなさいでした」と謝罪し、礼儀正しくお辞儀をした。店主は何も言わず、にこりと笑った。


 改めて帰路をゆく。


 その途中で、『こと』は起きた。

 十字路に差しかかろうとしたところで、左手の路地から裸足の女性が飛び出してきたのである。


 女性は私達の数メートル先でつまずき、前方に倒れこんだ。しかしすぐさま立ち上がる。息せき切らせている。こちらを見て「助けてっ!」と叫ぶと焦ったように後ろを振り返り、今度は右手の路地へと駆けこんでいった。その女性の後に続く格好で、一人の男が前を横切った。金髪の男だ。だが、明るい金髪ではない。染め上げたのだろう。くすんでいた。


 メイヤ君が弾かれたように駆け出した。まったく、アクションが早い。のっぴきならない状況に出くわしてしまったことは火を見るより明らかなのだから、後を追うにしたって慎重に慎重を期すべきだ。彼女の無鉄砲さは心配の種に他ならない。だからあまり一人で街を歩かせたくないのだ。


 私も急いで追う。


 走ることがめっぽう得意なメイヤ君である。狭い路地で右折左折を繰り返し、どんどん前へと進んでゆく。しかし、見失ってしまったらしい。無理もない。ここいらの路地は入り組みすぎている。


「不覚なのです」メイヤ君は舌を打った。「マオさん、こうなったら手分けして探しましょう」

「馬鹿を言いなさい。見えなかったのかい?」

「何がですか?」

「男は拳銃を手にしていた」

「でしたら尚のこと、早く見つけないと」

「私が前を行くから君はついてきなさい」


 そう言った直後のことだった。

 パァンっと乾いた音が一発、鳴り響いた。


 私はすぐさまリボルバーを懐から抜き、銃声のしたほうへと向かう。やがて長い道に至った。左手の路地から男が駆けて出てきた。一目散に向こうへと逃走する。メイヤ君が私を追い抜く。男を追い掛けるようならすぐに止めるつもりだったが、彼女は男が出てきた路地へと折れた。私も彼女に続いた。


 路地の先は網目状のフェンスで行き止まりになっていて、そのフェンスの前に膝を崩して座り込んでいる女性の姿があった。彼女がどういう理由で、またどういう経緯でこような状況に追い込まれたのか、その点について思考することは無意味だろう。撃たれたヒトが瀕死の状態にある。その事実が目の前にあるだけだ。


「大丈夫ですか!」メイヤ君が女性のすぐ脇で膝をついた。「おねえさん、大丈夫ですか!」


 大丈夫なわけがない。女性が撃たれたのは腹部だ。淡いブルーのブラウスが真っ赤な血で染まっている。

 

「すぐに救急車を呼んできます!」

「メイヤ君。もうダメだよ」

「そんなのまだわからないじゃないですかっ!」

「ダメなんだよ、メイヤ君。おなかを撃たれたらね、止血のしようがないんだ。この女性はもう助からないよ」

「そんなっ。マオさん、ひどいです!」

「事実を言っているつもりだけれどね」

「でも、でも……おねえさん、何があったんですか? どういうことなんですか?」


 女性は腹部を両手で押さえ、肩を上下させて、はあはあと息をしている。


「結ばれる……はずだったんです……」黒い瞳から涙をこぼしながら、女性は消え入りそうな声で言う。「ごめんなさい……グエン……ごめん、なさい……」

「目を閉じちゃダメですっ! 待っててください。今、助けを呼んできますから!」

「メイヤ君っ」

「マオさんっ!」

「ダメだよ。もうダメなんだ」

「そんな……ヒドい……」メイヤ君が口元を押さえ、涙声を漏らす。「ヒドいです。あんまりです……」


 私は女性の前にしゃがんだ。


「グエン。それは男性の名前ですね?」

「はい……婚約者で……」

「貴女のお名前は?」

「エレクトラ……」


 エレクトラ。この街ではあまり馴染みのない名だ。異国から訪れた人物なのだろう。


「エレクトラさん。貴女が最後の瞬間まで愛していたことを、グエンさんにお伝えします」

「本当、ですか……?」

「約束は守りますよ」


 女性は切れ切れの声で、グエン氏の住所を教えてくれた。教えてくれた直後に、彼女は事切れた。私は腰を上げた。メイヤ君はというと、女性の脇で膝を折ってしゃがんだまま、目をこすり、えーんえんと泣き声を上げている。


「ヒドい、ヒドすぎます。どうしてこんなことが起こっちゃうのですか?」

「この街は、そういう街なんだよ」

「だからって……」

「グエン氏のところに向かおう。まずは彼に、この女性の死を告げなければならない」

「冷静すぎます……マオさんは……」

「そうあらないと、やってはいけないと思っている。だって私は探偵だからね」


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