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事務所への帰路。
早速、茶色いボルサリーノを奪われてしまった。
「えへへ。やっぱりこれがないとしっくりこないのですよ」
「やっと返ってきたと思ったんだけどなあ」
「もうダメです。絶対に返さないのです」
「『海老剥き屋』の仕事はどうだった?」
「どんな職業でも、やっぱり笑顔は大事ですね。わたしのおかげで売り上げが伸びたって、ご主人は喜んでくださいました。いい社会勉強になりましたですよ。跡取りの息子さんには悪いことをしてしまいましたけれど」
「それはやむをえなかったということだね」
「そう考えて、割り切ることにします」
「ああ、そういえば」
「なんですか?」
「ミン刑事はえらく君のことを買っているようだった」
「知っていますよ、そんなこと」
「知っているのかい?」
「はい」
「だったら今度はミン刑事のコネで警察に就職してみればどうだい?」
「賄賂だけで食っていけるからですか?」
「うん」
「マオさんって懲りませんね」
「ん?」
「マオさんが今度、わたしをどこかに寄越そうとしたら、わたし、滅茶苦茶泣いてやりますからね」
「それは少し困る」
「私はもう、マオさんからは離れないのです」メイヤ君が私の左腕にしなだれかかってきた。「一生、よだれのようにへばりついてやるのです」
「君は探偵に永久就職したいのかい?」
「マオさんが探偵をずっとお続けになるのなら、わたしはずっと助手をやって差し上げます」
「誰かと結婚して子を産んで、家庭に入るほうが幸せだと思うんだけどなあ」
「マオさん、それってセクハラです」
「セクハラだなんて、良く知っているね」
「セクハラは厳禁なのです」
「気をつけよう」
「あっ、そうでしたそうでした」
「なんだい?」
「私服、『海老剥き屋』さんに置いてきちゃったな、って」
「明日にでも私が回収してこよう。君はもう、あの店には顔を出しづらいだろうからね」
「そうしていただけると助かるのです。おっ、マオさん、いい匂いがしてきましたですよ」
「うん。この匂いは麻婆豆腐だ」
「食べて帰りませんか?」
「高いからダメだよ。節約が私のモットーだから」
「じゃあ、晩御飯はどうしますか?」
「漬物でも買って帰ろう。米はあるから」
「あっ、だったらわたし、キムチがいいです」
「それくらいなら買ってあげるよ」
「やったーっ!」
メイヤ君がばんざいをして、ぴょんと跳ねた。麻婆豆腐がキムチに化けてしまっても、喜んでもらえた。なかなか微笑ましいリアクションだ。思わず口元が緩んでしまう。元気いっぱいの彼女のことが、どうやら私は結構好きらしい。




