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超Q探偵  作者: XI
23/204

5-4

 少々考えた末、なんだかんだいってもやはりメイヤ君にはいてもらったほうがいいという結論に至った。別に事務所が賑やかである必要はないのだが、彼女のおしゃべりにつきあうだけでも暇つぶしにはなる。そうでなくとも、ミン刑事に「連れ戻せ」と言われたわけだ。従わないわけにはいかないだろう。彼から仕事を回してもらえなくなると、それはそれで困るのだ。


 夕暮れ時、私は事務所を出て、『海老剥き屋』を訪れた。青いホースが突っ込まれているかめのいけすには相変わらず数多くの海老が放り込まれている。海老達も災難だ。皮をひっぺがされるのを待っているだけなのだから。


 かめの脇で跡取りの少年が例によって感じのいい笑顔を向けてくる。やはり「いくつ必要ですか?」と訊いてくる。彼の隣でメイヤ君はうつむいている。海老を剥いている。手慣れた感がある。彼女は物覚えがいいし、手先も器用だ。跡取りの嫁としては申し分ないことだろう。


 私は「海老は要りません」と少年に告げた。それから明らかにしょぼしょぼしているメイヤ君を見て、「帰ってきなさい」と端的に伝えた。彼女は顔を上げ、その表情はたちまち、ぱあっと明るくなった。待ってましたとでも言わんばかりにすっくと立ち上がった。


 そんなメイヤ君の右腕を、跡取りが、ガッと掴んだ。素早い動きだった。うつむいたまま、「メイヤさん」と彼は言った。うめくようにして「行くな」と言った。


「ごめんなさい……」と、メイヤ君は申し訳なさそうに謝罪した。「でも、わたし、やっぱり……」

「行くなっ!」


 少年は立ち上がると、メイヤ君の腹部に左の腕を巻き付けた。手にしている小さな包丁を手に取り、刃を彼女の首筋にそえた。


「下がれ、下がれよっ! じゃないと殺すぞっ!」


 私は言われた通り、二歩、三歩と後退した。少年はメイヤ君の首に包丁を突きつけたまま、店の表に一歩足を踏み出す。一体、彼はどうするつもりなのか。いや、自分でもどうしたらいいのかわからなくなっているのだろう。とにかくメイヤ君を渡したくなくて必死なだけなのだ。


 店の奥からごましお頭の男性が姿を現した。少年の父親だと思われる。だが、自らの息子がしでかしていることについては手をこまねいているといった感じだ。息子に対して「やめなさい」とも言わない。ただ泡を食ったような顔をしている。


「今なら未遂で済む」私は少年に向けてそう言った。「女性の首筋に刃物をあてがうなんて愚かな真似はやめておきなさい」

「うるさいっ!」少年は店の前で怒鳴った。「俺はメイヤさんが欲しいんだ。誰よりメイヤさんが欲しいんだ!」

「彼女の気持ちも考えてあげなさい」

「だから、うるさいっ!」


 私はため息をついた。

 それから相手を睨みつけた。


「跡取りの少年」

「な、なんだよ」

「メイヤ君を刺してごらんなさい。貴方がそうするようなことがあれば、私はどんな手段を用いてでも、貴方のことを殺します」

「お、脅しのつもりかっ?」

「本心ですよ。いいから、彼女を解放しなさい。いい加減、怒りますよ?」

「……くっ、くそぅっ!」


 少年がメイヤ君のことを突き飛ばし、私に刃を向けてきた。小さな包丁を振りかざす。


 次の瞬間だった。


 パァンッと乾いた銃声が鳴り響いた。少年の体がぐらりと揺れる。まもなくしてどっと横に倒れこんだ。銃声がした方向、左方を向くと、ミン刑事が拳銃を構えて立っていた。彼が少年の右膝のあたりを横から撃ち抜いたのだった。


 ミン刑事が拳銃を懐におさめながら、近づいてくる。


「撃って正解だったのかね」ミン刑事は寝ぐせのついた頭を掻いた。「とっさに発砲しちまったが」

「誤った判断ではありませんよ。貴方は警察官なんですから」私はそう答えた。「それにしても、どうしてここに?」

「おまえが迎えにこないようなら、俺が帰れって言ってやるつもりだったんだよ」

「信用がありませんね」

「信用が欲しかったら、とにかく誠実であるべきだよ、探偵サン」

「まさか、ミン刑事に誠実さどうこうを説かれるとは」

「ふん」


 ミン刑事は少年がはいているチノパンを強引に脱がせ、さらに彼が首に下げている薄手のタオルを奪い去った。それを使って彼の右膝を縛り、間に合わせの止血をする。それからずかずかと店へと押し入り、壁掛け電話を手にした。救急車を呼んで、後始末をしてくれるということだろう。


 メイヤ君が私に、バッと抱き付いてきた。私の胸に顔をうずめると、彼女はぐすっと鼻を鳴らした。


「正直、迎えに来てくれなかったら、どうしようかと思ってました……」

「少しやってみて、それで気に入らなかったら帰ってきなさい。そう言ったつもりだったんだけどね」

「マオさんに必要だって言ってもらいたかったのです」

「そうか。私は悪いことをしたようだ」

「そうですよぅ……」

「とはいえだ。こんな状況だけれど、きちんと挨拶しなさい。短い間だったとはいえ、お世話になったんだから」

「はい」


 メイヤ君が少年のすぐそばにしゃがみ込んだ。しゃくりあげている彼に向かって、彼女は「ごめんね。だけどわたし、やっぱり戻ります」と告げた。非情な言葉には違いないが、言うべきことは、ちゃんと言わなければならない。


 メイヤ君は立ち上がると、ごましお頭の店主に向かって深々と頭を下げた。店主は彼女を見て微笑しながら、「お嬢さんは悪くないよ」と言った。「悪かったね。息子のわがままにつきあわせてしまって」

「本当にごめんなさい……」

「いいんだよ。顔を上げなさい。これからもがんばって楽しく生きなさい」

「はいっ!」


 大きな声でそう返事をしたメイヤ君だった。


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