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超Q探偵  作者: XI
21/204

5-2

 メイヤ君がいなくなった事務所は静かだ。それを物足りなく感じたりはしない。だからといって、せいせいしたということもない。ただ単純に、事実として、以前の暮らし、一人での生活に戻ったというだけだ。


 私は折り畳んだ新聞をデスクに置き、さて、どうしたものかと考えた。陰気な街だ。空気も澄んでいるとは言い難い。それでも事務所に引っ込んでばかりだと、なんとなく息が詰まる場合もある。


 メイヤ君が出ていって二日。


 気まぐれにすぎないのだが、くだんの『海老剥き屋』を訪ねてみることにした。


 歩いていると、あちこちから名を呼ばれ、声をかけられる。『野菜売り』の露店の前で、店のあるじから、「マオさん、いいキャベツが入ったよ!」と言われた。私は界隈ではキャベツ好きで通っている。別にそんなことはないのだが。


 大通りをしばらく進み、途中で右折、街を構成する『フートン』の中でもいっとう狭いところに、その『海老剥き屋』はあるらしい。実際、あった。トタン屋根がせり出している古びた店だ。ホースが突っ込まれているまあるいかめのようないけすがある。その中を覗き込むと、ほのかに赤みを帯びた海老が所狭しと泳いでいた。


 かめの脇の丸椅子の上に、メイヤ君がいた。海老を剥いている。相変わらず短いスカート姿だ。「やあ、メイヤ君」と呼びかけたのだが、彼女はそっぽを向くだけ。


 メイヤ君の隣でやはり丸椅子に座り、熱心に海老を剥いている少年がいる。素人目にもその手際がいいことがわかる。少年は丸坊主だ。青々とした頭皮が透けて見える。その少年は私のことをを見上げると、人懐っこい笑みを浮かべた。実に感じがいい。


「何匹ですか?」と少年が訊いてきた。「安くしますよ」

「いや、メイヤ君の様子を見に来ただけなんだ」

「ひょっとして、貴方がメイヤさんの雇い主だったという探偵さんですか?」

「ええ」と私は答えた。「どうだい、メイヤ君。『海老剥き屋』の仕事は?」

「楽しいですよ」メイヤ君そう言うと、口を尖らせた。「ええ、そうですともっ。楽しいですともっ。まるで『うだつ』のあがらない探偵なんかの助手なんかをしているより、よっぽど楽しいですともっ」

「なら、良かった」

「戻ってきてくれって頼まれても、もう戻ってあげませんからね」

「それでいい」


 そう言って私がきびすを返すと、メイヤ君がうしろで「えっ」と声を上げたのが聞こえた。私は振り返ることもせず去ろうとする。事務所兼自宅への道のりを行き始める。


 すると、メイヤ君が後ろから追いかけてきた。彼女は両手で私の背にタッチした。


「ま、待ってくださいよぅ」

「ん? 何か用事かい?」

「用事は、その、特にはないのですけれど……」

「実直そうな少年じゃないか」

「ヒトは、いいですよ? 肉体関係を迫ってくることもありませんし」

「でも、いつかは子を産むんだろう?」

「このまま『海老剥き屋』さんに就職すると、そうなのかもですけれど……」

「お幸せに」

「だ、だから、待ってくださいよぅ、簡単に身を翻さないでくださいよぅ」

「君は私に用事がないと言ったじゃないか」

「冷たすぎるとは思わないのですか?」

「冷たい? 誰がだい?」

「だから、マオさん自身がですよ。そう長い時間ではありませんけれど、一緒に苦楽をともにした仲ではありませんか」

「苦楽をともにしたからこそ、君の幸せを願っているんだけどね」


 メイヤ君が下を向いた。両手をぎゅっと握り締めると、勢い良く顔を上げた。


「マオさんは最低です!」

「だから、どうしてそうなるんだい?」

「女のコの気持ちを理解しようとしないからです!」

「女のコの気持ち?」

「マオさん、頭はいいくせに、無慈悲すぎます!」

「メイヤ君」

「なんですか!」

「仕事に戻ったほうがいいよ。商人は真面目じゃなくちゃいけないからね」


 メイヤ君がかっと目を見開いた。右手を伸ばして、私のほおをぶとうとした。ひょいとのけぞってかわした私である。メイヤ君は肩を怒らせ、私のことを見上げる。私は彼女の頭から茶色いボルサリーノを奪い取り、それを自らの頭にのせた。


「帽子も、返せっていうのですか……?」

「『海老剥き屋』には不要だろう?」

「……わかりました」


 メイヤ君が元来た道を少々とぼとぼといった感じで戻ってゆく。そして彼女は一度振り返り、「マオさんなんて死んじゃえっ!」と暴言を吐いたのだった。


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