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超Q探偵  作者: XI
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46.『オーチ・チョールヌィエ』

 病床で目を覚ましたら、マオさんがいるものだと考えていた。


 椅子の上でふっと表情を緩め、「良かった」と胸を撫で下ろすような様子で、「おはよう、メイヤ君」と笑顔を向けてもらえるだろうと思っていた。


 強く抱きしめてもらえるものだと期待していた。

 あるいはキスをしてもらえるかもしれないとわくわくしていた。

 そんな思いを抱きながら、わたしは眠りについたのだ。


 だけど、キスはおろか、抱きしめてももらえなかった。


 だって、マオさんが病室にいないから……。


 朝ごはんを持ってきてくれた、若くてすらっとした看護師さんに訊いた。


「のっぽな男性がいるはずなんですけれど……」

「昨日の夜遅くまではいらっしゃいましたよ?」


 だとすると、眠気を感じて、一旦、事務所に戻ったのだろうか?

 いやいや、そんなはずがない。

 そんなわけがない。

 そんなこと、あるはずがない。


 わたしはマオさんに大切にしてもらっている。

 うぬぼれでもなんでもない。

 彼の愛をひしひしと感じるから。

 その感覚はけっして錯覚ではないのだから。


 朝食をぱくぱくと食べ終えると、やがて看護師さんがトレイを回収しにやってきた。

 私服はどこにあるのかと尋ねると、預かっているとのこと。

 新しいものをマオさんが持ってきてくれたらしい。

 わたしは着替えを持ってきてもらうようお願いした。


「傷はもうだいじょうぶなんですか?」

「はい。すっかり回復しました」


 といっても、背中はなんだかひりひりするし、ほおの傷はずきずき痛む。だけど、お医者さんは、「貴女自身がだいじょうぶだと言うのなら、まあ、いいでしょう」と退院を許可してくれた。「でも、明日の朝にまた来なさい。ガーゼと包帯を交換しなくちゃいけないからね」と釘を刺されてしまったけれど。


 傷の手当てをしてもらった上に、一晩のこととはいえ寝床を借りたのだ。食事までいただいた。だから料金が発生するものだと考えたのだけれど、その旨を看護師さん経由で事務に問い合わせてもらったところ、「もういただいたみたいです。貴女がいつまで入院するかわからないから、ちょっと多めに置いていってくださったそうです」ということだった。


 看護師さんのそのセリフだけでは良くわからない。

 着替えを持ってきて置いていっただけというのもなんだか変な話だ。

 なぜマオさんはわたしが起きるまで、そばにいてくれなかったのだろう……。



 帰路。


 ついでだと考え、途中であちこちの商店に顔を出して回ることにした。


 予想していた通り、どこの店の主人にも「メイヤちゃん、そのほっぺはどうしたんだい?」と訊かれ、そのわけについて適当な文言が思い浮かばないわたしは、行く先行く先で「つまずいて転んだんです」と答え、「ほんのすり傷程度です」と嘘もついた。


 コンクリート製の建屋の表から続く階段をのぼり、廊下を歩き、二階にある事務所に到着。鍵はしまっていた。「マオさーん、開けてくださーい」と言っても返事はない。だから自ら解錠した。


 マオさんは、いない。


 途端、不安になった。

 彼はどこに行ってしまったのだろう。

 どこで何をしているのだろう。


 まさか、逢引?

 いや、ないない。

 マオさんに限ってそれはない。

 そんな人物がいるのだとすれば、本人が正直にそう打ち明けるはずだ。


 とことこ歩いてマオさんのデスクに向かう。

 すると卓上に、綺麗に四つ折りにされた紙っぺらを見つけた。


 表紙に<私の助手へ>とある。


 なんの根拠もないけれど、宛名を見た瞬間、どきりとした。

 心臓が跳ねたように感じられた。

 嫌な予感がした。


 薄っぺらい紙を手に、マオさんの革張りの回転椅子に座った。

 わたしは数えるほどしかこの椅子についたことがない。

 腰を下ろすと、なんとなく、偉くなったような気分になる。


 いや、そんなことはどうだっていいのだ。

 紙っぺらの中身が気になってしょうがないのだ。


 内容を読むべく、紙を広げた。


 <親愛なるメイヤ君へ>という書き出しで始まった。



<君に話をすると、間違いなく止められることだろう。

 だから、手紙で失礼するよ。


 少々、長い手紙になる。

 そのへんを心得て読んでほしい。


 君が入院した昨日の夜、狼が病室を訪れた。


 話があると言われ、私はその誘いにのった。

 彼と顔を突き合わせて話をした。

 ある意味、有意義な時間だった。


 たくさんのヒト殺めた彼だけれど、殺人には飽いたと話していた。

 実際、そうなんだろう。

 それくらい、彼はヒトを殺した。


 短い時間ではあった。

 でも、彼の思考を知るには充分だった。


 犯行に面白味を感じなくなった彼は、新たなのオモチャを欲しがっていた。

 そのオモチャが見つかったらしい。


 それが私だ。


 彼は言ったんだよ。

 直接的な表現ではなかったけれどね。


 彼は自分を捕まえてみろと、私に対してほざいてくれたんだ。


 彼が私に何を見たのか、それは定かではない。

 有能さなのかもしれない。

 あるいは正義感なのかもしれない。

 自画自賛するつもりはないけれど、きっとそういうことなんだろう。


 とにかく、私は彼に選ばれてしまった。

 気に入られてしまったとも言える。


 彼が望んでいるのは私との鬼ごっこだ。


 まったく、厄介な手合いだよ。

 遊び半分にしては度が過ぎる。


 だけど、安心しなさい。

 彼は街を出ると話していた。

 加えて、君にはもう手出しをしないと言っていた。


 狼の言葉が真実だと断定することはできない。

 それでも、私は彼の言うことを信じようと考えた。

 どれだけ敵対していても、相手が提示してきた条件は信用に値する。

 そういうことって、案外、あるものなんだよ。

 狼は約束をたがえるような真似はしないと思う。


 鬼ごっこの鬼に指名されたから彼を追うわけじゃない。

 これ以上、被害者が生まれないようにしたいわけでもない。


 私はただ、君に傷を負わせた男が憎くてしかたがないだけなんだ。

 これから私が起こす行動は怨みによるものだよ、間違いなく、ね。


 繰り返し書いておく。


 君を傷つけたニンゲンを、私はどうしたってゆるすことがはきない。

 ゆるせないことはゆるせないこととして、適切に処理しなければならない。


 私は以前、狼は司法の手にゆだねられるべきだと言った。

 だが、今は違う。

 次に狼と出くわしたら、私は間違いなく彼と対峙するだろう。

 彼を殺そうとするだろう。

 できるできないの話じゃない。

 やるんだ。

 私は狼を殺してやる。


 そんなことはしなくていい。

 そんな真似をする必要はない。

 ただそばにいてくれたら、それだけでいい。

 君ならきっと、そう言うんだろう。


 しかしね、メイヤ君。

 やはり私は彼を放置することは到底できないんだ。

 これは決意なんだよ。


 改めて述べておく。

 君と知り合ってから、私の人生はずいぶんと変わった。

 潤いがもたらされた。

 ヒトには優しく接するという当たり前の原点に立ち返ることができた。


 君にはもう、会うことはないのかもしれない。

 あるいは、もう会えないのかもしれない。


 貯金は置いていくよ。

 デスクの引き出しに通帳と印鑑がある。

 君が思うように使いなさい。

 残高はそれなりのものだ。

 一般的に見ても、そうだろうと思う。


 どうして私が多くの金を得るに至ったのか、疑問に感じることだろう。

 だけどそれは、また別の話だ。


 私にとって、君はとても大事なニンゲンだと重ねて伝えておく。

 だから、しつこいくらいに君の名を呼ぼうと思う。


 メイヤ君、メイヤ君、メイヤ君、メイヤ君、メイヤ君。


 君はヒトに愛される人物だ。

 愛されて当然の人物だ。


 いつか誰かと幸せになってほしい。

 心の底から、そう祈っているよ>



 涙があふれた。


 もう会えない?

 二度と会えない?


 そんな……。


 私は彼の黒い髪が好きだった。

 黒いスーツをまとっているさまも好きだった。

 わたしが見立ててあげた黒いチェスターコートもとても似合っていた。


 そして、何より彼の黒い目が好きだった。

 真っ黒な瞳を、わたしは愛していた。

 目と目を合わせると、不思議な気持ちになったから……。


 彼のいない人生。

 そんなもの、要らない。

 本当に要らない。


 彼が記した通りだ。

 そばにいてくれさえすれば、わたしはそれで良かったのに……。


「マオさん、マオさん、マオさん……っ」


 彼の名を呼びつつ、わたしは手紙をくしゃっと胸に抱いた。

 涙が止まらない。


 気付けばキッチンに立ち、左の手首に包丁を突きつけていた。

 はあ、はあ、と荒い息が漏れる。

 でも、マオさんはわたしが死んでしまうことなんて、これっぽっちも望んでいないはずで……。


 だからって、どうしたらいいの……?


 何もすることができず、ただわたしは床にへたりこみ、子供みたいに、わーんわーんと泣いたのだった。


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