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超Q探偵  作者: XI
203/204

45.『狼の価値観』

 遅い時間帯だ。

 やっている店は限られている。


 二人で立食形式のバーを訪れた。


 テーブル代わりのビア樽の上に運ばれてきたジョッキを少し傾け、狼は細い喉をこくりと鳴らした。


「何か頼みなよ。僕と君との酒宴は、最初で最後になることだろうから」


 好き勝手を言ってくれる。


「飲まないのかい? まあ、いいよ。僕は飲むけれど」


 本当に、好き勝手を言ってくれる。


「君は探偵さんなんだね」

「それが何か?」

「怒りに震えた声だ。楽しく愉快に話をしようよ」

「今すぐ貴方を殺してやりたい」

「ここに来るまでの間に、そのチャンスはあったはずだ。君は僕のうしろをついてきていたわけだから。それでも撃たなかった。どうしてかな?」


 ぐうの音も出ないというのはこのことだ。私は撃たなかった。いや、撃てなかった。自らが首をかっきられるヴィジョンしか想像できなかったからだ。こうして顔を突き合わせているが、私は狼に怯えている。それは覆い隠しようがない事実だ。


「世間では僕のことを白い悪魔だのなんだの言っているけれど、僕にだって名前くらいはあるんだ。知っているかい?」

「シノミヤ・アキラ、では?」

「久々にそう呼んでもらえた。嬉しく思う。誰から訊いたんだい?」

「ニルス・ジャレットという人物から伺いました」

「ああ。彼は綺麗だったね。砂漠の厳しい戦場にあって、彼の優しさには僕もずいぶんと癒やされたものだ。彼は今、どうしているのかな?」

やまいで亡くなりましたよ」

「それは残念だ」

「貴方に残念なことなんてあるんですか?」

「いい質問をするね。実は残念に思うこと、思っていることなんて、一つもない」

「貴方の目的は?」

「多くのニンゲンからすれば、僕には『悲劇をもたらす者』という呼称がふさわしいんだろうけれど」

「そういう貴方こそ、ヒトに絶望しているのでは?」

「それもまたいい質問だ。だけど、その推測は間違っている」

「だったら、何をしたいんですか? あるいはゲバラになろうとでも?」

「彼は富豪の息子だ。僕とはまるで出自が違うし、僕が望むべきも彼ではない」

「では、貴方の希望するところはなんなんですか?」

「ヒトは誰しもなんらかのシステムに組み込まれている。法であったり、社会であったりね」

「死をもたらすというかたちで、その縛りからヒトを解放したいとでも?」

「ヒトを解き放つということと革命は同義だよ。だから僕はあえてゲバラを否定するのさ」

「もう一度、尋ねます。何がしたいんですか?」

「だから、殺人鬼にそれを問うのは無意味だとは思わないかい?」

「思いませんね。行動には必ず理由がともなうものだ」

「飽いたのさ」

「飽いた?」

「ああ。単純明快な理由だろう? 僕はフツウでいることに飽いたんだ。元々、絶望的に飽きっぽい性格なんだよ」

「ヒトとヒトとが紡ぎ出す関係性、その歯車の上には身を置きたくないということですか?」

「君は聡明だね。といっても、ヒトを殺すことが退屈しのぎにすらならないことを、今になって知った」

「じゃあ、次に何をしでかすかは、自分でもわからない、と?」

「そうでもないと考えているよ」

「なぜ、そう?」

「君というニンゲンに出会えたからだ」


 狼は「夜明けとともにこの街を出る。とりあえず、北にでも向かおうと思う。僕が何を言わんとしているか、君にはわかるはずだ」と言った。「僕の期待を裏切らない結論が得られることを祈っているよ」と述べた。そして、からのジョッキをビア樽の上に置くと、にっこりと笑った。「じゃあね」と背を向けた。「ここは君のおごりでお願いすることにするよ」と軽口を叩いて、店から出ていった。


 私はやはり、撃つことができなかった。

 まったく、面白くない。

 彼に対して恐怖を覚えている自分がゆるせなかった。

 ゆるせないまま、ただ、彼を見送ることしかできなかった。


 だけど、たった一つだけ、心に誓った。


 それは……。


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