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事務所のドアをノックした。
おかしい。
覗き窓からこちらに視線を向けてくる気配が一切ない。
待ちくたびれて、我が助手は眠ってしまったのだろうか。
今一度、ノック。
返事はない。
コートのサイドポケットから鍵を取り出す。
それを差しこみ、右に回したところで気がついた。
あいている。
やはりおかしい。
チェーンロックもかかっていない。
ぞわと全身が粟立った。
まさかと思い、部屋に飛び込んだ。
メイヤ君がデスクのすぐ脇で倒れていた。
灯りもついていない暗い中で、前のめりに倒れている様子が確認できた。
慌てて彼女に近づいた。
頭が真っ白になりそうだった。
メイヤ君の白いブラウスは、背は、ずたずたに切り裂かれていた。
背中が血で真っ赤に染まっていた。
「メイヤ君、メイヤ君っ!」
大きな声を出してしまった、らしくもなく。
私はメイヤ君の上半身を抱き、彼女のことを仰向けにした。
目を見開いた。
彼女の左のほおには、恐らく鋭利な刃物でつけられたものであろう傷があったからだ。
メイヤ君が目を開けた、ゆっくりと。
そして彼女は安心したようにゆったりと微笑んだ。
「マオさん、おかえりなさい、なのです……」
「そんなことはいい。だいじょうぶだよ、メイヤ君。だいじょうぶだから」
「はい。だいじょうぶなのですよ。死んでしまうような傷ではないことは、自分でわかるのです。どうか心配なさらないでください……」
「何が、何があったんだい?」
「あとをつけられてしまったようです……」
「狼にかい?」
「はいです……」
「どうして外に出たんだい。あれほど言い聞かせていたのに……」
「わたしは言いました。狼のせいで人々の生活が阻害されるようなことがあってはならないって……」
「だからってね」
「わたしが訪れないと心配をする商店のご主人がいるのです。わたしが顔を見せないと寂しがるヒトがいるのです……」
「そんな理由で外出したのかい?」
「ダメですか……?」
「君は愚かだ」
「そうお思いなら、私のほおをぶってください。甘んじて受け容れますですよ…?」
メイヤ君の背中にあてがっている左手に血液を感じる。彼女の左のほおに右手をやるとべったりと血がついた。
「君のことだから、悲鳴の一つもあげなかったんだね?」
「はい。だって悔しいじゃありませんか。狼に屈するなんて、悔しいじゃありませんか……」
「すぐに病院に連れていく」
「ですから、だいじょうぶですよ。何を隠そう、わたしはメイヤ・ガブリエルソンなのです。だから死んだり、死んじゃったりしませんから……」




