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超Q探偵  作者: XI
196/204

43-2

 目的地への道すがら、メイヤ君がボルサリーノを寄越してきた。やっぱり髪を掻きむしるのだ。だけど、そういう真似はやめてほしい。せっかくの美しい金髪が乱れ、台無しになってしまうから。


 アナスタシア氏、すなわちアニー氏が番を勤めていた『雑貨屋』、『いそしぎ』を訪れた。ドアプレートには『Оpen』とある。さくじつ、事件があったにも関わらず店が開けているとは。主人はよほど心が強いニンゲンであるらしい。


 『Оpen』とあるのだから速やかに入ればいいだろうに、メイヤ君は申し訳なさそうにドアをノックした。「ご主人、いらっしゃいませんか……?」と小さく呼びかけた。今度は少し大きな声で「メイヤです。メイヤ・ガブリエルソンです」と名乗った。


 まもなくしてドアが開いた。


 顔を覗かせた主人は「本当にメイヤさんなんだね」と言い、にこりと微笑んだ。「アニーのことで心配して、訪ねてきてくれたんだね?」と続けた。


 メイヤ君がじわっと目を潤ませた。


「このたびは、その……」

「いいよ。入ってくれてかまわないよ」

「では、お言葉に甘えて……」


 メイヤ君に続く格好で、入店した。


「あの、紹介をするまでもないと思うのですけれど……」

「こちらのかたが、マオさんなんだね?」

「はい。わたしのご主人様なのです」

「マオさん、ウチの妻のことを、それに私のことを気にしてくださって、恐れ入ります。ありがとうございます」


 ただメイヤ君に誘われておもむいただけだとは言えなかった。主人が気丈な笑みを浮かべてやまないからだ。


「わたしが言ったところでなんの救いにもならないでしょうけれど、アニーさんはいいヒトでした。とってもとってもいいヒトでした。だからこそ、わたしは犯人のことがゆるせません」

「正義の味方なんだね、メイヤさんは」

「悪がのさばるのは我慢なりません」

「そう言ってもらえると、アニーもうかばれる」


 我が助手の正義感には感心せざるを得ないのだが、そのいっぽうで、危険を伴いやしなかとも思うのだ。メイヤ君にはこんな事件とは無縁であってほしい。関わってほしくない。


 メイヤ君が「お店は存続させるおつもりなのですか?」と訊いた。「わたしとしては、まだまだ続けていただきたいのですけれど……」


「続けるよ」とても悲しいであろうに、主人は晴れやかとも言える笑みを浮かべた。「アニーが愛した店だ。閉めるわけにはいかないよ」

「わたしにできることがあるなら言ってください。なんだってします」

「その気持ちだけで充分だよ。メイヤさん、いつもいつもありがとう。アニーのことを思ってくれてありがとう」


 メイヤ君はうつむいて、目尻からほおにかけて涙を伝わせる。


「それにしても、どうして捕まらないんでしょうか」

「そのあたりについてはご主人、なんとも言えないのが実状です」

「本音を言うと、犯人を死刑にしたって足りないんです」

「お察しします」

「この恨みは、一生、続くんでしょうね」

「それで、犯行時刻、ご主人はどちらに?」

「オークションに出掛けていました。なんとも悔やまれます」

「まさか自分の妻が。そう考えられて当然です」


 コミカルな雑貨が置かれているコーナーの前に、メイヤ君は立った。値の張るものが多くある中で、比較的安価な品が置かれているブースだ。カエルが口をあけている様子を模した箸立てを、彼女が気に入っていることは知っている。


 メイヤ君は「う、うぅぅ……」と嗚咽を漏らした。


「その箸立て、差し上げようかな。というか、差し上げたいな」

「でもご主人、ウチにはお箸がないのです。割り箸ばかり使っていて……」

「だったら、歯ブラシでもさせばいい」


 主人は箸立てを持ってレジカウンターに向かうと、それを赤と白のチェック柄の紙に包んだ。持ち手のついた茶色い紙袋に入れ、「どうぞ」と言って、メイヤ君に手渡そうとする。


 メイヤ君は即座に茶色いジャケットのサイドポケットから二つ折りの黒い財布を取り出した。すると、主人は「お代は結構です」と微笑んだ。


「どうしてですか?」

「アニーが言っていたんだ。ぜひともメイヤさんに譲りたいって。だから、どうか受け取ってほしい」


 メイヤ君はカエルの箸立てが入っている小袋を受け取ると、今度は屈み込んでまた泣き出し、主人も、笑顔ながらも、ほおに涙を伝わせたのだった。


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