42.『狼は嘲笑う』 42-1
昼過ぎ。
現場に呼び出された。
場所は昨日キャベツを売ってくれた『野菜屋』である。主人と彼の細君が殺されていた。死亡推定時刻は零時頃。夫婦は揃って首を切られ、敷き布団の上に転がっていた。眠っていたところを襲われたのだろう。通報したのは近所のニンゲン。いつもなら開店している時間なのにいつまで経ってもシャッターが下りたままであることを不審に思ったらしい。尚、例の赤い手形はシャッターの内側に残されていた。遺体については、すでに運び出されたとのこと。
侵入経路は裏口。一応確認してみたのだが、スケルトンキーで開けられるような簡素な鍵穴だった。コツさえ知っていればすぐに解錠できるだろう。
メイヤ君は屈み込み、頭を抱えている。ぐしゅぐしゅと鼻を鳴らしたりもする。
彼女は「昨日、本当に昨日、威勢良くキャベツを売ってくださったのに それがこんなふうに殺されてしまうなんて……」と悔しそうな発言をした。
私も夫婦揃って喉元をかっきられているなんてことは信じたくない。だが、二人が殺されたという現実を直視しないわけにはいかない。
窓から日が差し込む中、ミン刑事は「二人いっぺんに殺されたケースは初めてだ」と述べた。それから「いよいよ見境ってもんがなくなってきたな」と続けた。
しゃがんで両手で髪を掻き乱し、鼻をすすっていたメイヤ君が立ち上がった。「ゆるせません!」と声を大にした。「わたしはゆるせません!」と涙ながらに言った。
「気持ちはわかるが、メイヤ、おまえには沈着であってほしいな」
「無理です、そんなの。無理ですっ」
「メイヤ君。まあ、落ち着きなさい」
「でもっ!」
「ゆるせないのはわかる。だけど、なるたけ黙していなさい。怒りは心の内に秘めておくものだよ。大声をあげて発散するものじゃない」
「それはわかっています。わかっているのですけれど……」
メイヤ君が右手の甲で涙を拭う。ミン刑事の言った通りだ。やり方にポリシーがなくなってきたように感じられる。そして、知り合いが殺されたからこそ、狼の影がすぐそこまでにまで迫っているのだと危惧せざるを得ない。
「そもそもどうして狼殿は手形を残すことで、自らの犯行であることをほのめかすのかね」
「それは以前にも議論したつもりです。理由などないという結論に至った」
「女房の行きつけだった。実際、ここの野菜は美味かったんだ」
「ミン刑事のおっしゃる通りなのです」メイヤ君がしょぼんとした口調で言った。「ここのキャベツはいっとう美味しかったのですよ……」
「私は特別、キャベツが好きだってわけじゃないんだけどね」
「ご主人、奥様……」
メイヤ君がまたじわっと瞳を潤ませる。やれやれといった感じでミン刑事は肩をすくめ、私もそれに倣った。
「今後のことを話したいところなんだが」
「しかし、ターゲットのルールに共通点がないことを考慮すると、どれだけ話し合ってもらちがあかない。パトロールをを強化していても、その網をかいくぐって犯行を重ねている以上、やはり犯人にはそう簡単に達することができない。警らに力を注ぐことが無意味とまでは言いませんが」
「まさに跳梁跋扈だな」
「そのセリフは先日も聞きましたよ」
「本当に、どうしたもんかね」
「天運を味方につけるしかなさそうですね」私は「メイヤ君」と呼びかけた。「いい加減、泣くのはよしなさい。厳しいようだけれど、泣いたところで何も始まらないし、何も終わらないんだから」
「多分、ここよりいいキャベツを出してくれるお店はありませんので、炒め物の味の低下はさけられないのです……」
「またキャベツかい」
「この街ができあがってから、史上最悪の事件だろうと俺は思う。その最悪がこれからも続くのだとすると、背筋に冷たいものを感じざるをえない。だったらどうしたらいいのか。マオ、おまえさんはどう考える?」
「殺人を未然に防ぐことは難しい。そもそも警察は対症療法しかできない。これは前にも言いましたね? それでも犯人を捕らえることができれば、引き分けぐらいには持ち込める」
「はなから勝ち目はないんだな」
「負け戦はお嫌いですか?」
「そんなもん、好きなヤツがいてたまるかよ」




