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事務所にて、私は相も変わらず安っぽいデスクにつき、蛍光灯のもと、二日前の新聞に目を通している次第である。
メイヤ君に目をやった。彼女はソファにの上に寝転がり、真っ白な脚を肘掛けの外に放り出している。いつものことではあるのだが、やはりあられもない恰好だ。
「メイヤ君、何度も言うようだけれどね」
「わかってまーす。『きちんとしなさい』って、おっしゃるのでしょう?」
「その通りだ。やっぱりズボンを買ってあげよう」
「美しいものを見せないことは罪なのです」
「美しいもの?」
「私の太ももやふくらはぎのことを指します」
「そうかい」
私は吐息をつきつつ、新聞に目を戻した。
「あのですね、ボス」
「ボスはやめなさいと言っているだろう?」
「そうでした。あのですね、マオさん」
「なんだい?」
「占い師のおばあさんは、要するに、逆恨みで殺されたってことですよね?」
「加害者の証言からすると、そうなるね」
「怖いですよね、逆恨みって。何も悪いことなんてしていないのに殺されちゃったりするわけですから」
「あまり多くの人間とは関わらないほうがいいっていう教訓だよ」
「そうですか? みんな仲良しなのが一番じゃないですか」
「世の中、君が考えるようにはできていない」
「この先の話なのですけれど」
「うん?」
「何か捜査に行き詰るようなことがあれば、あの若い占い師さんを訪ねてみるのもアリかもしれませんね」
「君は占いそのものを薄気味悪がっているように思うけれど」
「それは否定しません」
「まあ、最後のカードとして持っておくのは『アリ』かもしれない。何せ今回の件については、しっかり当たったわけだからね。たかが占い。されど占いだ」
「有能な占い師さんだってことですよね」
「そうなるね」
「だったら、ためしにわたし達の未来を占ってもらってみませんか?」
「それはどうしてだい?」
「文字通り、わたし達がこの先どうなるのか知りたいからです。案外、恋人同士なんかになっちゃうかもなのですよ」
「君は私の恋人になりたいのかい?」
「うふふぅ。それはどうなんでしょうねぇ」
「そうかい。だけど、それはないね」
「えーっ、どうしてそう言い切れるんですかあ?」
「要らないものは持たない主義なんだよ」
「うっわ、ヒドいです。要らないとかっ」
「それはさておきだ。おなかがすいた。夕食にしようか」
「オーライなのです」
食事はほとんどいつも屋台でとる。だけど、たまにはと思い、私は「今日は自炊しよう」と提案した。
「あ、そういうことなら、腕にヨリをかけますですよ」
「遠慮しておくよ。もう懲りたから」
「懲りた?」
「うん、懲りた。君の味付けは、私にはしょっぱすぎる」
「味は濃いほうが美味しいじゃありませんか」
「いいから、任せておきなさい」
私が屈んで冷蔵庫から米を出そうとしているところに、メイヤ君がやってきた。同じく屈んで冷蔵庫の中を覗き込む。
「今日は海老とキャベツの炒め物にしましょーっ」
「というか、海老とキャベツしかないけれど。あのね、メイヤ君」
「食事くらいは作らせてください。じゃなきゃわたしは嫌なんです」
「嫌なんですってね、君」
「嫌なんですっ!」
「わかったよ。だけど、炒め物の味付けに関しては私に任せるように」
「その点も無問題です。ちゃんと薄味にしますから」
メイヤは腕を引っ張って私のことをひったたせた。それから背を押して私をデスクへと促した。「安心して新聞を読んでてください」と言うと、彼女は「やるぞーっ」と大げさな声を上げて狭いキッチンに立った。
やがて米が炊き上がったらしく、「できましたよーっ」とメイヤ君が声を発した。
私は二人掛けのソファについた。テーブルを挟んだ向こうではメイヤ君がにこにこ笑って座っている。食事のときくらいボルサリーノは取るようにと言っているのだが、彼女なかなか言うことを聞いてくれない。
見た感じ、米は上手に炊けているようだ。というか、米に関しては下手に炊くほうが難しいだろう。実際に口を付けて、私は二度うなずいた。うんうん。上手い具合に炊けている。では炒め物のほうはというと……。
「美味しいね」
「本当ですか?」
「うん。これくらいがちょうどいい」
「おぉっ。もはや免許皆伝ですね」
「そこまでは言わないけれど」
「以降の食事の仕度は任せていただけますでしょうか?」
「いいよ。任せてみよう」
メイヤ君は「やったーっ!」と言ってばんざいをし、私は「いちいち大げさだね、君は」と微笑んだのだった。




