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超Q探偵  作者: XI
189/204

41.『狼の再訪』 41-1

 夜が近い夕方。


 ミン刑事に呼び出されたのだった。


 現場は一階、比較的新しいアパートの一室。


 ガラス窓に付着している赤い手形がまず目を引いた。見覚えのある痕跡だなあと思う。


 血に足が浸からないようにしながら、うつぶせになっている女性の亡き骸のそばで両の膝を折った。顔を横にして喉元を覗きこんでみると、そこから大量に出血していることがわかった。刃物で切り裂かれたのだろう。これもまた、どこかで見たやり口だ。


 ダイニングテーブルについている大柄の男が頭を抱えている。時折、低い嗚咽を漏らす。恐らく、被害者の夫だろう。仕事から帰宅してみると亡くなっていた。そんなところではないか。


 窓やベランダへと続くガラス戸等に破られた形跡がないことから、侵入口は玄関だと考えられる。被害者女性のあとをつけたのだろう。しかし、仮にその際、部屋に家人がいたらどうするつもりだったのだろうか……だんて疑問に思う必要はない。まとめて殺していたに違いないからだ。目撃者を見逃す理由なんてない。


 私は腰を上げた。隣にはメイヤ君の姿。彼女はいつも通りメモを取っている。といっても、現状、いつ誰がどこでどのようなかたちで殺されたかということくらいしか記すことはないだろう。


「赤い手形の指紋については? もう照合は済んだんですか?」

「当たり前だろうが。真っ先に調べたよ」

「間違いないんですね?」

「ああ。おまえが言うところの白い狼か? やっこさんが帰ってきた」

「目撃情報は?」

「近隣住民に訊いて回っているんだが、今のところ、見たってニンゲンはいない」

「ふむ。なるほど」

「どうしてこの街に戻ってきたのか解せないんだが、ウォズッて馬鹿野郎を覚えているか?」

「ええ。貴方の部下だった刑事ですね?」

「ああ。ヤツはほざていた。ヒトの魂の輝きを見たいってな。ヒトは死の淵にあってこそ本質を現すとも抜かしてやがった。そういった考えをウォズに植えつけたんだ。だからそれは狼とやらの持論なんだろう。だとするなら、狼はまだ、ヒトを試さずにはいられないってことなのかね」

「以前の三件については、心根が強い女性が狙われたらしいとの見解を述べられたように記憶していますが」

「実際、そうだと思うぜ? あまりに静かな死に様だったからな。しかし、その点について色々と考えを巡らせはしたが、結論として、俺はそれはたまたまだろうと思っている」

「あるいは、犯人にはヒトの強靭さを嗅ぎ分ける能力があるのかもしれない」

「だからといって、百発百中ってことはないだろう?」

「その件については今は置いておきましょう。ウォズ刑事のことに話を戻しますが」

「ああ。なんだ?」

「彼は狼のその時その時の思いににあてられただけでは?」

「狼にゃ持論も思想もないってことか?」

「今の彼には今の考え方があると思います。例えば、単純に他者に絶望を与えることが目的だったり、とか」

「だとしたら、なんともタチが悪い」

「ええ。しかし、その通りだとすると」

「そうだな。快楽殺人鬼となんら変わりがない」

「客観視するとそういう答えに至ります。他の街でも同様の事件が起きた。そういった知らせはないんですか?」

「ないことはない。だから、被害が発生した界隈をなわばりとする警察同士でタッグを組んでいこうということを改めて確認した。だが、捕まえられるような気はまるでしない」

「ニュースでもやっている。新聞報道にもある。加えて警察も周知を徹底している。それでもダメそうだというわけだ」

「メイヤが以前、言っていたよな? 狼は警察に捕まるようなヘマはしないだろう、って。今となっては、その意見に異議ナシだよ」

「弱気な姿勢だと言わざるを得ない」

「とにかくだ。警官の一人や二人で取り押さえられるやからじゃないだろうと思う。そうなると人海戦術でもって駆逐するわけしかないわけだが、簡単にそれをゆるしてくれるとも思えない」

「となると、どうしましょうか」

「被害者の遺体を片付けるだけ。それが俺達にとってはもっとも簡単な仕事だ。狼の存在を認め、許容し、その上で街のニンゲンには怯えた生活を日々送ってもらう」

「本気でおっしゃっているんですか?」

「おまえはどっちだと思う?」

「冗談だと思いたいですね」

「そのつもりで、俺も言った。しかし、例えば俺の女房が的にかけられたら、どうしような」

「そうなることを危惧しているのであれば、尚のこと、貴方がたは積極的に動くべきだ」

「俺は怖いって言ってるんだよ。捜査の主任を請け負って、それがなんらかのかたちで先方に知れて、だから俺や俺の女房に矛先が向く。それが怖いって言ってるんだ」

「正直なことだ」

「隠すようなことでもないんでな」

「だがなんにせよ、狼を逮捕しない限り、この街の安寧は得られませんね」

「おまえはどうしたい?」

「どうしましょうかね」

「まあ、おまえがどう答えようが、俺の立場は決まっているんだが」

「でしょうね」

「なあ、メイヤ」

「はいです」

「俺が死んだら、おまえは泣いてくれるか?」

「泣きます。だから、死なないでください。どれほどの苦難でも乗り越えるしかないと思うのです」

「だな」ミン刑事は鼻から息を漏らすと、口元に笑みを浮かべた。「やれるだけやってみよう。なんとしかして狼にわっぱをかけてやろうと俺は思う。マオ」

「はい」

「おまえさんと話すと助けられる。泥水みたいに濁った俺の思考を浄化してもらえる。ここまで来ると、被疑者逮捕に必要なのは胆力だな」

「そうですね。必要なのは気合いと度胸。努力も欠かせませんが」

「話は終わりだ」

「では、引きあげます」


 私は身を翻す。メイヤ君もついてきた。


「また連絡する」


 ミン刑事がそう言ったのが、背後から聞こえた。


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