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彼は部屋の奥、壁際にある長いソファの中央に腰を下ろすと、上半身を前に傾斜させて、ひじを抱えた。こちらは見ない。足もとばかりを見つめている。
ソファのすぐ前にあるテーブルには紫色を発光する卓上ランプが置かれている。黒いカーテンが閉め切られた室内で、その紫色が部屋中に貼りつけられたいくつもの写真を照らし出す。いずれも被写体は同一人物。若くて美しい金髪の女性である。ありし日のマーサ氏だ。中でも目を引くのは彼の背後にある大写しである。彼女が振り返りざまに満面の笑みを向けている。
「……驚いたか?」
「驚きやしませんよ。予測の範疇ですから。貴方、お名前は?」
「……グランだ」
「グランさん。お姉様のマーサさんを亡くされたことについて、お悔やみ申し上げます」
「……ふん」
「マオさんいいんですか? そんな甘い言葉をかけちゃって」メイヤ君がグラン氏を指差した。「このヒトが事件に関わっていることは、どうあれ間違いないのでしょう?」
「まあ、黙っていなさい」私は話を進めることにする。「グランさん、イエスかノーで答えてください。それだけで結構です」
「……言えよ、なんでも」
「貴方は『興信所』を使い、マーサさんの住まいを知っていた」
「……イエス」
「マーサさんの勤め先も休日をも把握していた」
「……イエス」
「昨日、彼女の家を訪ねようとしたのは、いわゆる気まぐれだった」
「……ノー」
「では、いよいよ真摯に告白しようとした」
「……イエス」
「マーサさん宅のインターフォンを鳴らした時、違和感を覚えた。なぜなら覗き窓からの視線が感じられなかったから」
「……イエス」
「だから戸をノックした」
「……ノーだ」
「だとすると、いきなり踏み込んだ」
「……イエス」と肯定すると、グラン氏は「……もういい」と言った。「姉貴はヤられたんだ。ヤられてから殺されたんだ。きっとそういうことなんだ」と、はっきり言った。
私が「だから、お悔やみ申し上げると言っているんですよ」と述べると、メイヤ君が、「マオさん、どういうことなのですか?」と尋ねてきた。
「恐らく、犯人は宅配業者を装ったのではないかと推測しています」
「ああ。だからつい気を緩めちまったんだろう」
「実際、業者のニンゲンの犯行だったのかもしれませんね。以前、宅配したことがあり、その時から狙っていた」
「だったら、調べてみろよ。案外あっけなく、犯人は見つかるかもしれないぜ?」
「ここに来る途中で知り合いの刑事に連絡を入れました。その線についてはすぐにでも洗われることでしょう」
「刑事に知らせたのはそれだけか?」
「いえ。経緯を話した上で、私がここを訪れることも伝えました」
「そうか……」
「ええ」
「姉貴は、姉貴は犯されたんだ……」
「ええ」
「男に汚されたんだ」
「ええ」
「姉貴が穢されたって思ったら、理性ってのが吹っ飛んだ。屍でもいい。そう考えた。俺は泣きながら姉貴の死体を抱いたんだ」
「ええ」
グラン氏は頭を抱えた。
「姉貴は俺のものだ。俺だけのものなんだ。言えるか、おまえに! 俺が悪だと言えるのか!」
「突き放すような言い方になりますが、事実だけを述べると、屍姦は罪ではない。現行の法律ではそう定められている」
「えっ、そうなのですか?」
「そうなんだよ、メイヤ君。実際、愛し合うきょうだいがいてもいいし、屍姦するというかたちで愛を示すことがあってもいいだろう。ですがねグランさん、マーサ氏は拒んでいたんですよ。つまるところ、彼女にとって貴方は、はた迷惑な弟にすぎなかったということだ。さて、では、そろそろ問いたい」
私は腰を屈めて、リボルバーをテーブルの上に置いた。「ま、マオさんっ!」とメイヤ君が高い声を上げる。私は左手を広げて、その訴えを制した。
「すべては明白だ。真実は明らかだ。その上で、貴方はご自分の考えをどのように昇華されますか?」
グラン氏がゆっくりとリボルバーを両手で持ち上げた。「案外、重いんだな」と言って、薄く笑った。銃口を自らに向け、その先を自らくわえる。
次の瞬間にはもう、銃は放たれた。
彼の体は力なく、どっと横倒しになった。
私は歩み出て銃だけ回収し、身を翻したのだった。




