40-4
着いた先は、とある『胡同』にあるアパートだ。日当たりは良好。三階建てで計六室。どうやら建物ごと買い上げたのが今の所有者であるらしい。アニー氏からそう聞かされた。
アパートの前に金髪の男が立っていた。青地に白いストライプの入ったスーツをまとっている。派手な身なりだ。品があるとは言いがたい。男はいらだっているのか、右のかかとでしきりに地面を叩いている。
私は男と向き合った。五十過ぎといった年恰好だ。ブラウンの瞳。割れたあご。顔の彫りが深く、一般的には二枚目と言える。ルーツは欧米なのだろう。
「探偵と助手ってのは、あんた達か?」
「ええ、そうですが、どこでそれを?」
「今しがた、娘の友人だった女から画廊に連絡があってな」
アニー氏のことを指して言っているのだろうが、『友人だった女』という呼称にはトゲを感じざるを得ない。それがよっぽど不愉快だったのか、メイヤ君は大きく舌打ちしたのだった。
「貴方の息子さんにお会いしたいのですが」
「せがれは不在だ。今はいない」
「いつお戻りですか?」
「さあな」
「わかりました。ご帰宅されるまで待つことにします」
「頭の悪い男だな。消えろと言っているんだ」
「初対面のニンゲンに向かって、頭が悪い、ですか。なるほど。娘さんに見限られるわけだ」
「口は達者なようだが、あまりしつこいようだと弁護士を呼ぶぞ」
「迷惑をこうむったと感じたなら、まず通報すべきでは? それとも、警察には連絡できない、あるいはしたくない理由でも?」
「そ、それはだな」
「息子さんはご在宅なんですね?」
「ぐっ、うぐっ……」
一転、男は媚びるような目を向けてきた。
「な、なあ、探偵さん、見逃してくれないか? い、いや、見逃してもらえませんか?」
「まずは貴方の名前を伺いましょうか」
「ジョ、ジョン・スミスです」
「嘘ですね、それは」
「ぐ、うぐっ」
「お名前は?」
「ダ、ダグ・マクマホン、です……」
「亡くなられた娘さんは貴方から見てどのような女性でしたか?」
「気丈な娘だった、と思う。な、なあ、金なら払う。好きなだけくれてやる。だから、なあ……?」
「私を拒否されるなら、速やかに警察に引き継ぐまでです」
「うぐ、ぐぐっ……」
いきなりメイヤ君がダグ氏のほおを右手で張り飛ばした。「馬鹿ですか、貴方は」と一喝した。「子の不出来は親の責任だといいます。でも、その限りではないとわたしは思います。とりあえず、息子さんがどういうニンゲンなのか、わたし達に見せてください」
ビンタを食らってビックリしたのだろう。ダグ氏はぶたれたほおを押さえて目をぱちくりさせる。
「見せてくださいっ!」
「わわ、わかったよ、お嬢さん。い、いや、わかりました。でも、きっと会ってはくれないだろうというか、なんというか……」
「はあ?」
「い、いや、ウチの息子はとにかくひきこもりで……」
「じゃあ、普段の食事なんかはどうされているのですか?」
「もっぱらデリバリーを頼んでいるみたいで。こっちがどれだけ呼びかけても、チェーンロックは外してもらえないんだよ。だから、ドアのすき間からいつも金だけ渡してやっているんだ」
「そういうことなら、そのすき間だけ作ってください。マオさん」
「なんだい?」
「拳銃は持ってますよね?」
「勿論だ。うん。わかった。そうだね。チェーンロックを撃とう」
「ちょちょ、ちょっと待ってくれ。銃声はヤバい、ヤバいですよ」
「お父上」
「は、はい、なんでしょうか、探偵様っ」
「本当にすき間だけでいいんです。ご子息にドアを開けさせてください」
「わ、わかった。う、うん、わかりました」
問題の部屋は三階の一室だった。
ダグ氏が部屋の戸をおっかなびっくりといった感じでノックする、覗き窓からジッと視線が寄越された気配があり、そのうち、ドアが開いた。やはりすき間だけである。
「……なんだよ、親父」
ダグ氏の息子が敵意に満ちたその声を発した瞬間、私は二人の間に割り入る格好でドアのすき間に左足をこじ入れた。すでに右手にはリボルバーがある。
「たた、探偵さん、だから銃はやめてくださいっ」とダグ氏が訴える。
「黙って」私はぴしゃりとそう言った。
「……探偵?」息子の暗くて低い声。「……探偵が、なんの用だよ」
「貴方にはもうわかっているはずです」
「……帰れっ」
「本当に撃ちますよ?」
「……弾でチェーンが切れるのかよ」
「意外といい質問をされますね。ええ。切断できないかもしれない。ですが、私がひと言伝えれば、警察が動きます。この頑丈な鉄扉でさえ、こじあげられてしまうことでしょう」
「……左足、引っ込めろよ」
「本当に警察を呼びますよ?」
「いいからっ。……足、引っ込めろ」
「わかりました」
一度、ドアが閉まった。それから今度は大きくドアが開け放たれた。
「……入れ」
そう聞こえた。




