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超Q探偵  作者: XI
185/204

40-3

 明朝、電話が鳴った。デスクにつき、朝刊に目を通している最中のことだった。メイヤ君はまだソファの上で眠っている。


 受話器を取り上げ「マオ探偵事務所です」とこちらが述べるなり、「やあ、探偵殿。昨日はどうも」という形式的な挨拶があった。例の鑑識官の声だった。


「何かわかりましたか?」

「ああ。体液は二種類だ」

「となると、実行犯は二人ということですか」


 メイヤ君が目を覚ました。デスクに向かって歩きながら、眠たげな声で「マオさん、おはよーございますぅ……」と言った。私は右手を前に出して、彼女に黙っているよう促した。


「屍姦? それともそうではなかった?」

「それって捜査する上で重要なことかい?」

「なんでも知っておいて損はありませんから」

「恐らく、死後のことだそうだよ」

「恐らく、なんですか?」

「ああ。なんとも言えんらしい」

「ふむ」

「同棲中ってわけじゃあ、なさそうだったなあ」

「同じ意見です。部屋に男性物の衣類はいっさいなかったですから。歯ブラシも一本しかありませんでしたしね」

「歯ブラシか。良く見ているなあ」

「貴方もそれくらいは確認したのでは?」

「まあな。それで、どこから当たってみるつもりだい?」

「まずは第一発見者に話を訊こうと思います」

「住所はわかるかい?」

「いえ」

「了解だ。ミン刑事殿をつかまえて訊いてやる。折り返すよ」

「助かります」



 日中になって、聞かされた住所を訪ねた。表通りに面している洒落た『雑貨屋』である。入店するとドアベルが鳴った。日差しが柔らかに差し込む明るい店内である。海外から取り寄せたのであろう、この街ではあまり見かけない柄の皿やカップが並べられている。触れただけで壊れてしまいそうなくらい繊細な細工が施された一輪挿しなんかもある。恐らく切子というヤツだ。そんなひんのある品物が並べられているいっぽうで、比較的安価で、コミカルな物が置かれているコーナーがあった。カエルが口を開けている姿を模した箸立てはなんとも愛らしい。


「いらっしゃいませ」


 そう言ったきり、遠巻きにこちらを見ていた女性のほうに目をやった。茶色いショートヘアの彼女は柔和な笑みを浮かべている。


 しゃがんでカエルの箸立てを眺めていたメイヤ君が、ぴょこんと立ち上がった。彼女は女性に「こんにちわぁ、アニーさん」と笑顔を向けた。二人は知り合いであるらしい。


「今日はご主人はご不在なのですか?」

「オークションに出掛けています」

「商品の買いつけというわけですね?」

「はい」

「というか、アニーさん」

「なんですか?」

「年下のわたしに敬語を使う必要はありませんよぅ。いつも言っているではありませんか」

「それはわかってはいるんですけれど、中々、難しいみたいで……」


 私は「よろしいですか?」と二人の会話に割って入った。小さくうなずきながら、「はい」と答えたアニー氏である。


「警察から連絡を受けていると思うのですが」

「はい。ミンさんというかたから、お電話をいただきました」

「お話を伺っても?」

「はい。少々お待ちください」


 アニー氏は一度、表に出てから戻ってきた。ドアプレートの『Open』を『Closed』にしてきたのだろう。


「どうぞ二階にお上がりください。お茶の準備をいたしますので」

「いえ。立ち話で結構ですよ。気を遣わないでください」

「ですけど」

「本当にかまいませんから。質問にだけお答え願いたい」

「……わかりました」


 アニー氏は申し訳なさそうな顔をする。大人しい上に、奥ゆかしい人物であるようだ。


「被害者女性であるマーサさんとのご関係は?」

「彼女は学生時代からの友人です」

「今でもしばしば会う間柄なんですか?」

「週に一度は会っていました」

「マーサさんに恋人がいたという話は?」

「聞かされたことは一度もありません」

「では、そうですね、例えば、マーサさんがお一人で生活されていた理由についてご存知ですか? この街において女性が一人暮らしをするのはあまり良くない。よほど自立心の強いかただったのでしょうか?」

「自立心は強かったです。でも、一人暮らしをしていたことについては、その……」

「何かわけがあるんですね?」

「はい……」

「話していただけますか?」

「……あの」

「ええ」

「マーサはその、弟さんを怖がっていたんです」

「弟さん?」

「はい。マーサは実家にいる時、一度、弟さんに乱暴されそうになったことあったそうなんです。それがきっかけで、彼女は一人暮らしを始めたんです」

「マーサさんのご両親は、そういった事情をご存じなんですか?」

「一人暮らしの理由を説明する際、彼女は話したそうです」

「警察沙汰にはならなかった?」

「お父様が渋られたのだと聞きました。マーサのお父様は高価な絵をいくつも取り引きされている『画商』で、それはもう立派な画廊を経営されているんです」

「家のニンゲンが警察の世話になることで悪評が立ち、それが商売に影響するかもしれない。つまるところ、お父様はそうお考えになられたわけだ」

「そうだと思います。そのかわり、どこで暮らすのも自由だし、家賃はいくらでも払うと言われたそうです。マーサはそれを断って、家を飛び出したんです」

「たくましい話ですね。ちなみに、マーサさんのお仕事は?」

「『花屋』と『ケーキ屋』で働いていました。生活はけっして楽ではないけれど、とても楽しく暮らしていると喜んでいました。でも……」

「でも?」

「ある日、『ケーキ屋』で働いているところに弟さんが姿を見せたそうなんです。そのうち『花屋』の近くにも現れるようになったらしくって……」

「『興信所』のニンゲンでも雇ったんでしょうね」

「だと思います。だから、やむなく住む家も働く先も変えようとしていたんです。今回の一件はその矢先に起きたんです」アニー氏はぽろぽろと涙をこぼした。「私がもっと強く言っていれば良かったんです。すぐにでも引っ越すべきだって……」

「貴女が背負込まなければならないものなんて、何一つありませんよ」


 メイヤ君がレースのついた白いハンカチを差し出した。小さくかぶりを振ったアニー氏である。


「いいから、使ってください」

「でも、メイヤさん……」

「涙を拭ってください」

「ありがとうございます……」

「ですから、敬語はやめてください」

「ごめんなさい……」


「ともあれ、これではっきりしましたですね」左の手のひらに右の拳をぶつけたメイヤ君である。「マオさん、早速、その弟とやらをとっちめにまいりましょーっ」

「それはヒドい早とちりだよ」

「早とちり? 充分な状況証拠が得られたではありませんか」

「マーサさんは昨日、アニーさんに夕食に招かれていた。だから当然、彼女は自宅にいたものと推測される」

「ええ、まあ、そうなりますですね」

「部屋の出入り口は当然、施錠されていたはずだ。言い方をかえると玄関の戸の開閉はマーサさん自身の手にゆだねられていたということだ」


 私がそこまで言ったところで、メイヤ君が「……あっ」と声を上げた。こちらが何を言わんとしているか気付いたようだ。彼女は頭はいいのだが、義憤にかられると理屈をすっとばしてしまう傾向がある。もう少し口ずっぱく「まずは落ち着いて考えなさい」と言ってあげたほうがいいのかもしれない。


「来訪者が誰であるか、それは当然、覗き窓を使って確かめるわけだ。もし訪ねてきたのが弟さんだとするなら、彼女は戸を開けたりしない」

「なるほど。確かにそうなりますですね。となると、犯人は男友達とか?」

「現場に残された体液は二種類あった」

「二種類? 強姦殺人の実行犯は二人だということですか?」

「そういうことだ。しかし、例えば、どれだけ気の知れた仲だったとしても、女性が二人の男を部屋に招き入れるとは考えづらい」

「あ、あの、探偵さん」

「なんでしょう」

「弟さんのこともあるので、あの、その……」

「マーサさんの男性に対する警戒心は強かったということですね?」

「はい。その通りです」

「でもですよ、マオさん。体液が二種類あったことは事実なのでしょう?」

「ああ」

「じゃあ、やっぱり二人いたとしか言えないのではありませんか?」

「二人の男が訪れたことは事実だ。しかし、同時に訪れたというわけじゃない」

「へっ? 同時に訪れたわけじゃない?」

「アニーさん」

「は、はい」

「弟さんがどちらにお住まいか、ご存知ですか?」

「はい。多分ですけれど……」

「多分で結構。お教え願いたい」


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