40.『インスタント・ネクロフィリア』 40-1
本日の外回りを終えたらしい。メイヤ君は夕方になって帰ってきた。
彼女は「今日も収穫ナシなのでーす」と放り投げるように言った。「うーん、最近、ダメですねぇ。以前にも増して仕事が得られないのですよぅ」と続けた。それから私のデスクに乗り上げた次第である。
「メイヤ君、いい加減、デスクに座るのはやめなさい」
「気にしないでください」
「礼儀の話をしている」
「今日の夕刊は面白いですか?」
「今日も面白くない」
「だったらどうしていつも時間をかけて目を通されているのですか?」
「他にすることがないからだ」
「多額の貯金がある。ゆえの物言いですね」
「何度も何度も、繰り返し繰り返し、重ね重ね言っているけれど、探偵の出番なんて、そう多くないほうがいいんだよ」
「それはわかっています」
「なら、怠惰な日々を満喫しなさい。それはそれで悪いことではないはずだ」
「でも何せ、わたしは若いので」
「暇を持て余していたくはないってことかい?」
「そうなのです。働かざる者食うべからずなのです」
「それは私が好きな言葉じゃない」
「どうしてですか?」
「あまりに稚拙な考え方だからだよ」
「そうでしょうか?」
「ああ。それを言い出したニンゲンは、きっと心が豊かではないんだろう」
「ヒドい言い方をされますね」
「食つなぐために働かないといけないというのは、まあ、わかる話だ。この世の多くのニンゲンはそうだろう。でもね、そういった論理を万人に当てはめるわけにはいかないよ」
「そうかもですけれど」
「その格言について、私が思うところをもっと詳しく説明してあげようか?」
「難しい話になりますか?」
「多少はね」
「でしたら結構です。マオさんのご高説は、正直ちょっと聞き飽きていますし」
「それこそヒドい物言いだ」
黒電話がジリリと鳴った。デスクに腰掛けたまま、右手でひょいと受話器を取り上げたメイヤ君である。
彼女は「はーい、こちら、マオ探偵事務所でーす」と応答し、「おぉ、お久しぶりです。なーんて、昨日もお会いしましたけど、あはははは」と笑った。受話器を左肩と首の間に挟んで、ジャケットの胸ポケットにさしていたペンを手にし、サイドポケットからはメモ帳を取り出す。
「それでご用件は? ふむ、ふむふむ。なるほど。で、依頼料は、はずんでいただけますか? ふむ、ふむふむ。まあ、そうですよね。要は私とマオさんの働き次第ってことですよね。わかりました。早速伺うことにします」
メイヤ君はチンと受話器を戻した
「例によって、ミン刑事からかい?」
「はい。女性のご遺体が見つかった模様です」
「場所は?」
「とあるアパートの一室です。四階だそうです」
「一人暮らしかい?」
「そうらしいとのことでした」
メイヤ君は「はい」と言って、メモ帳を見せてきた。住所が記されている。相変わらず彼女の字は綺麗である。
「比較的、近場だね」
「向かいますよね?」
「君は受けつけてしまったわけだ」
「だったらとっとと出動しましょーっ」




