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楽屋の裏口から真っ暗な路地に出た先で、ミン刑事と出くわした。こちらに背を向け煙草を吸っている。メイヤ君に「無事、解決です」と言われた彼は、「おう、ご苦労」と答えたのだった。
「しょうもない事件でしたですよ」
「まったくだな。これじゃあ被害者も浮かばれん」
「彼らの演奏は聴いてらしたのですか?」
「ちらっとだけな。テクはあった。が、ヒドい『リカード・ボサノヴァ』だった。酒の肴にもなりゃしねー」
「この世界は貴重な才能を失ってしまいましたですね」
「そりゃまた、えらくスケールのでけぇ話だな」
「それくらい良かったのですよ。ウォーラーさんのピアノは」
私は夜空を見上げた。
月も愛想もない、しらけた夜だ。
メイヤ君が右隣に並んだ。
「ホント、ヒトって、簡単に死んじゃいますよね」
「うん。まったくだ」
「マオさんってば、あのキツネ目さんを撃ってくださったら良かったのに」
「本気でそう思うのかい?」
「冗談です。あんなの、撃ってもしょうがありません」
「例えば刑期を終えて、シャバに出てくるようなことがあれば、彼はまた、ピアノを弾くのかなあ」
「かもしれません。でも、それって不公平ですよね。ウォーラーさんは、もう二度と弾けないわけですし」
私の左隣にミン刑事が立った。
「メイヤ、世の中ってヤツは、不公平なことばかりだよ」
「重々承知しているつもりです。だけど」
「だけど、なんだ?」
「いえ。そんな世の中を少しでも正したいというのが、ミン刑事のお立場ではないのかと思いまして」
「そこまで自惚れちゃいない。ただ、被疑者と被害者には言いたいことが一つだけある」
「それは?」
「俺に仕事を寄越してくれてありがとう、ってな」
「ミン刑事っ」
「ジョークだよ。やっこさんにゃ身内がいないようだ。だからこっちで火葬する。天国でもピアノが弾けるように、指も一緒に葬ってやるさ」
ミン刑事は煙草をぽとんと下に落とすと、去っていった。
「ちょっとキザですよね、ミン刑事って」
「一々、感情的にはなっていられないってことだ。彼の生き様は、刑事を勤めていくにあたってのいい事例だよ」
「さて、今夜はこれからどうしましょうか」
「飲み直そう」
「ということなら、飲みまくるですよ?」
「いいよ」
「えっ、良いのですか?」
「思う存分、飲みなさい。私がおぶって帰ってあげるから」
「そんなふうに言ってくれるマオさんは珍しいのです」
「ウォーラー氏の弔いだ。明るく見送ってやることにしよう」
「わかりました。それじゃあ、れっつらごーなのですっ!」
次の日、メイヤ君がヒドい二日酔いに苛まれたことは言うまでもない。




