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超Q探偵  作者: XI
180/204

39-2

 二日後の夜のこと。


 事務所の黒電話で連絡を受けたのはメイヤ君だ。彼女は「ええ、はい、はい、わかりましたです」と短い返答を終えると、受話器を戻した。


「ミン刑事からかい?」私は夕刊を折り畳んだ。

「はい」と答えたメイヤ君である。


 彼女はしゃがんでデスクにあごをのせると、「わんわんっ」と犬の鳴き真似をした。謎めいた行動である。

 

「とあるアパートの一室で殺人事件が起きたそうです。わたし達からすると、吉報ですね」

「冗談でもそんなことを言っちゃいけないよ。それで? 出てこいって?」

「はい。小遣い稼ぎに来いということでした」

「そうかい。でもね」

「でも、なんですか?」

「実はもう眠かったりする」

「何もしてないのに眠いとか。食っちゃ寝、食っちゃ寝じゃ、太っちゃいますよ?」

「そう思うから、出かけようと思う」

「ラジャーです。れっつらごーっ!」



 一日中、日の当らないような暗い路地に面しているアパートを訪れた。


 現場は一階。『Keepоut』の黄色いテープをくぐり、玄関を通ってリビングへ。明るくはない白い照明。壁際にはアップライトピアノ。鍵盤の上と下には楽譜が散らばっている。


 男の死体はフローリングの上に仰向けに転がっていた。白いTシャツにチノパン姿。喉を一突きにされたらしい。目をかっと見開き、大口を開けている。目を引くのは、左右の手の指がそれぞれ五本とも、付け根のところでカットされているという点だ。計十本の指が床に点々としている。犯人は殺害後に切り落としたのだろう。生存中に拷問のごとく、一本一本切断すれば、被害者は必ず悲鳴をあげ、それは間違いなく近隣住民の耳に届く。そうなると速やかに通報されてしまう。殺人を犯したとしても捕まりたくはない。フツウのニンゲンならそう考えるはずだ。


 メイヤ君が死体のすぐそばにしゃがみ込んだ。顔を確認してから、私のほうを振り返る。「やっぱり」とでも言いたげな表情。私はこくりとうなずいた。


「なんだ、お二人さん」とミン刑事。「ひげもじゃの、この山賊みたいな仏さんに見覚えがあるのか?」

「あります」と答えたのはメイヤ君だ。「『ケ・セラ・セラ』に出入りしているピアニストさんですよね?」

「その通りだ。名前は、ポール・ウォーラー。一度だけだが、俺もコイツのピアノを聴いたことがある。実に達者な野郎だったな。えらくのっぽなベーシストも、ビア樽みたいなドラマーも、結構、イケていた」


 私は屈んで、指で遺体の喉元の傷をそっとなぞった。やはり血液は完全にかわいている。


「死後一日ってところだ。セッションの時間になっても店に来ないってんで、ベーシストとドラマーがここを訪れた。そしたら、あけてびっくり、死体とご対面ってわけだ。さて、お二人さん、訊きたいことはあるか?」

「いえ。ありません」

「メイヤは?」

「ないです。大体、わかりました。っていうか、この状況を見て、何もわからないほうがおかしいと思います」

「警察で処理されたほうが安上がりだ」私は腰を上げた。「それとも、依頼するにあたって、何か理由でも?」

「いつもそうだ。おまえはそうやって理由ってヤツを欲しがる。おまえは俺のパートナーなんだろう? だったら、やれと言ったらやれ」

「それは対等な立場であるとは言い難い」

「一つ借りを作っといてやろうって言ってるんだ」

「いつか返してもらえますか?」

「頃合いが来れば、な」


 ミン刑事は玄関に向かいつつ、こちらに背を向けたまま、右手を小さくバイバイと振ったのだった。


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