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若い占い師に言われた通り、私とメイヤ君は金曜日の二十二時にくだんの娼館を訪れた。
すると見事にというかなんというか、フロントで茶色い短髪のぎょろ目の男と出くわした。真っ赤なジャケット姿である。その派手な身なりからヤクザだとすぐにわかった。ぎょろ目の他にもう一人、焦げ茶色のジャケットをまとった男がいる。恐らくではあるが、娼館はぎょろ目達の組織の持ち物で、だから彼らは売上金の一部を回収しに来たのだろうと考えることができた。そういう役割を仰せ付かるあたり、ぎょろ目達は『下っ端』なのだろうということも窺い知れた。
私が「ちょっとよろしいですか?」と声をかけるなり、ぎょろ目の男は眉間にしわを寄せた。「誰だよ、テメー」と訝るような表情で言ってくる。
「私は探偵です」
「た、探偵?」
「少々お話をお伺いしたいのですが」
「お、俺には何も話すことなんかねーぞ」
一々どもるあたり、明らかに怪しい。
私が「とある占い師が殺されたとのことなんですが、何かご存じありませんか?」と問いかけると、男はそのぎょろぎょろとした目を泳がせ、そのうち下を向いた。
「う、占い師が殺されたからってなんだよ。俺はそんなばあさん、知ったこっちゃねーぞ」
「おや。不思議なことをおっしゃる」
「不思議なことだぁ?」
「どうして占い師が老婆だとわかるんですか?」
「そそ、それは」
「少し、お話をしましょうか」
「か、帰りやがれ」
「そうおっしゃらずに、少々お付き合いいただけませんか?」
「そ、そっちのガキを、力ずくでさらっちまってもいいんだぜ?」
そう言われた途端、慌てた様子で私の背の陰に隠れたメイヤ君である。
「話を逸らさないでいただきたい」
「う、うるせーってんだ」
「手の内を明かすと、依頼主は警察官です」
「悪事だって見過ごすのが、この街の警察だろうが」
「それはやはり殺しを認めている発言と受け取れるのですが?」
「だ、だからって」
「自らの犯した過ちについては素直に認められたほうがよろしいですよ。貴方にも良心くらいはあるでしょう?」
「……わかったよ」男は観念した様子で肩を大きく落とし、息をついた。「ついてこい」
「恐縮です」
背を向け、廊下へと踏み出した男のあとに、私とメイヤ君は続いた。一階の一番奥の部屋に通された。ピンク色の照明。シングルのベッドがある。枕元にはティッシュの箱。『いかにも』といった内装だ。
男はベッドの端に腰かけると、ふーっと息をついた。
「そうだよ。あのくそばばあは俺が殺した」
「自白が早くて助かります」
「どうやって俺に辿り着いたんだ? そこが不思議でならねー」
「それはまあ、企業秘密ということで」
「ふん」
「どうして殺したんですか?」
「何かの気の迷いで占いなんかの世話になっちまったのが間違いだったんだ」
「と、いうと?」
「良く当たるって評判だったからな。だったらいっちょ、占ってもらってみようってよ。何かいい結果が出てくることを期待してたんだ。なのによ、あのくそばばあときたら、不吉なことばかり言いやがる。やれ両親が強盗に遭って死ぬだの、やれ妹が突然いなくなるだの、そんなことばっかり抜かしやがったんだ」
「そして、占いは実際に当たった」
「ああ。親父とおふくろの件は、まあ、良かったんだよ。とっくに勘当されてたくらいだからな。でも、妹の件だけはいただけなかった」
「失踪されたんですか?」
「兄貴の俺が言うのも何だが、美人だったからな。どっかでケチな『人さらい』にでも捕まっちまって、『人売り屋』に流されたんだろう。いい妹だったよ。ヤクザになっちまった俺のことを、いつも心配してくれてた」
「それはやりきれない話ですね」
「だろ?」
「そのやりようのない怒りが、占い師の老婆に向いたというわけですか」
「くそばばあに占ってもらいさえしなけりゃ、何も起きなかった。そうとすら考えたよ」
「なるほど。良く当たる占い師というのも、考えもののようだ」
「だけど、今はちょっと後悔してる。老い先みじけーばあさんなんだ。何も殺しちまうことはなかったよな。わざわざ下手くそな密室まで演出してよ」
「ええ。あの密室は下手っぴでしたね。玄関に鍵をかけた上でベランダから出て、ガラス戸の桟にボンドが塗られているだけだった」
「俺なりに精一杯考えた結果なんだけど、やっぱり俺って馬鹿なんだな」
「これからどうされるおつもりですか?」
「自首するよ。多分、それが一番いいだろ。にしても」
「はい?」
「アンタは有能っぽいな。しゃべってて、そんな気がしたよ」
「そうですか? 私はただの探偵なんですけれど」




