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一階でホルマリン漬けにされた生物達に囲まれていると、日が落ちた頃になって、店内にヒトが入ってきた。少女である。しかも、面識のある少女である。
ファン・ファリン君だ。
「マオ先生、どうしてここに?」彼女は目を大きくし、驚いたようだった。
「それはこっちのセリフだ」私はそう返答した。「だが、殺害に至るまでの経緯については把握しているつもりだけれどね」
「『剥製屋』さん」と、ファリン君が呼びかけた。「守秘義務は保証してくださるのではなかったのですか?」
「こちらの探偵さんは別ね」『剥製屋』は「いーっひっひ」と笑った。「探偵さんには嘘はつけないね。ワタシにとって、探偵さんは怖いヒトね」
「何がどう怖いんですか?」
「お嬢さん、その質問に答える必要があるかね」
「そうは言いませんけれど……」
「とにかく、探偵さんを向こうには回したくないね」
静かな時間、じゃっかんの間。
「マオ先生」
「なんだい?」
「先生の推理をお伺いしたいです。貴方はやはり賢人なのだと知るために」
「いいだろう」
「お願いします」
「三日前の夜、人目につかないよう気を配りながら、君はカン氏を校舎前のロータリーで自前の車に乗せた。後部座席の奥、すなわち、運転席の真後ろに座らせたことだろう。外出届が提出されていたことから、君が校内から出ることを、門番の男性は事前に知らされていたはずだ。彼から最終チェックの書類を手渡され、君はそれにサインした。尚、カン氏が乗っているにも関わらず、そのことが露見しなかったことについては、もはや言わずもがなだ」
「マオ先生のご想像通りだと思います。私が送迎に使っている車の窓ガラスはスモーク仕様です。外から中を見ることはできません。加えて、門番の男性は車の中を改めることはしません。ですけど、書類のやりとりは必須なわけで、そうである以上、何かの拍子に彼に車内の様子を見られないとも限らない」
「だから降車した上でサインした」
「念には念を。そう考えての行動でした」
「次に移ろう。ではなぜ、カン氏は君の言うことを聞いたのか」
「先生はどうしてだと思われますか?」
「カン氏は恐らく、過剰なまでの憧憬の念を君に対して抱いていた。それは、信仰に近いものだったのかもしれない」
「正確にものを言い当てられるんですね。驚いています」
「憶測を述べただけだよ」
「カンさんは私のことを神様みたいに崇めていました。家に招きたい。そう伝えると、彼女は歓喜しました。外出届を提出していないことについても気にする素振りすら見せませんでした」
「そして君は自宅である屋敷にて犯行に及んだ。絞殺後、首を切断した。その後、運転手に協力を仰いだ上で遺体を外へと運び出した。君と運転手との間にはなんの取り引きもなかったことだろう。運転手は家に古くから使えていると、以前、君は話していたからね。忠誠心が高いということだ」
「ええ。善悪はどうあれ、彼は私の『したいこと』に無言で従ってくれました。首を切るにあたっても、手を貸してもらいました」
「おおむね、考えていた通りと言える。私の推測に間違いはなかったようだ」
ファリン君は「ふふっ」と笑った。
不敵としか言いようのない微笑だった。
「ファリン君、君にとって、カン氏はどのような少女だったんだい?」
「盲目的に私を信奉するあたりに可愛らしさのようなものを感じていました」
「あるいは、カン氏は、君に殺されることにすら、喜びを覚えたのかもしれないね」
「相変わらず、マオ先生は柔軟に物事を解釈されるのですね」
「柔軟ではないよ。私にあるのは客観性だ」
「私はそんなマオ先生のことが好きです。大好きです。愛していると言っても、過言ではないのかもしれません」
「ありがたい言葉だと受け取っておくよ。それで、これから絵を描くと?」
「ええ。『剥製屋』さんに、彼女のところへ連れていっていただきます」
「ついていっても?」
「勿論ですけれど、つまるところ、マオ先生は私のことをどう扱われるおつもりなんですか?」
「それはあとで伝えます。ご主人」
「ああ、いいね。倉庫まで案内するね」




