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喫茶店をあとにした足で『剥製屋』を訪れた。丸坊主の主人は普段通りランニングシャツ姿だった。首からタオルをさげている。相変わらず筋骨隆々。背は著しく低いものの、体躯にはこの上ない力強さを感じる。
店内には今日もホルマリン漬けにされた様々な生き物が並んでいる。
「ちょっと見ていくといいね」
主人はそう言い、隠し部屋になっている地下へと案内してくれた。足を踏み入れるのは久々のことだ。やはり様々な生物が置かれているのだが、ただのホルマリン漬けではない商品がある。以前には見かけなかったものだ。生きたまま時間を固定した。そんな表現が適切に思えるくらいの生々しいヒトの剥製が目の前にある。
「プラスティネーションね。最近、凝ってるね。死体をリアルに保存するには一番の方法ね」
「できあがった積み木を得意げかつ自慢げに披露する幼子のような言い方だ」
「実際、そんな気分ね。いーっひっひ」
「プラスティネーション。遺体に含まれる水分と脂肪分をプラスティックなどの合成樹脂に置換することで、それを保存可能にする技術のことですね?」
「その通りね。前にも言ったね。手間がかかると言ったはずね。でも、プラスティネーションを施した商品には決まって高値がつくね」
「率直に申し上げる。ここ、二、三日の間に、十五やそこらの見た目をした少女の遺体がここへと運び込まれてきませんでしたか?」
「答える義務があるかね」
「私を敵に回さないほうがいい」
「脅しかね?」
「通じませんか?」
「いや。探偵さんとはケンカをしようとは思わないね」
「少女の遺体は運ばれてきたんですね?」
「そうね。三日前の深夜のことね」
「どういった人物の手によって、ですか?」
「黒スーツの男が大きなトランクケースを持ってきたね」
「ふむ。そうですか」
「その反応から察するに、その黒スーツの男が犯人だとは思えないということかね?」
「ええ。事件を整えて考察すると、そういった判断に行き着きますから。さらに伺いたい」
「答えるね」
「ここを訪れたのは、黒スーツの男だけだったんですか?」
「さすがね。いい質問ね」
「他に誰かいたんですね?」
「そうね。黒スーツのうしろからもう一人、入ってきたね」
「どんな人物でしたか?」
「ガキね。『ガイシャ』と年恰好の似たガキの女ね」
「そのガキの女、いえ、少女と黒スーツの男との関係はどう見ましたか?」
「ガキは金持ちの身なりをしていたね。だから、黒スーツの男は恐らく、雇われの運転手か何かだと思われるね」
「『ガイシャ』の死因は特定できますか?」
「顔面に少々うっ血が見受けられたね。だから絞殺だと考えられるね」
「それ以外に、遺体に目立った特徴は?」
「顔と胴体とが別々になっていたね」
「首が切断されていたと?」
「そうね」
「他に妙な点はありますか?」
「ないこともないね」
「それは?」
「保存することは手段であって目的ではないね。ガキの女は『ガイシャ』の絵を描きたいそうね」
「絵、ですか」
「そんなことを言う依頼者は初めてだったね。だけど、客は客ね。プラスティネーションを提案したね。受け容れてもらえたね。でも、随分と時間がかかることを伝えると、がっかりした表情を浮かべていたね」
「遺体の現状は、ホルマリン漬けなんですね?」
「本当に探偵さんは物知りね。そうね。プラスティネーションののっけの作業として、まず十日ほどホルマリンに漬ける必要があるね。そして、その後もこまごまとした手順を踏む必要があるね。ガキはじっくりと死体を観察しつつ描きたいと言ったね。だけど、結局のところ、待ち切れないようね。さっき、早速絵にしたいとの連絡を受けたね」
「では、上階、店内で待たせていただきます。よろしいですか?」
「かまわないね。いーひっひ」




