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超Q探偵  作者: XI
173/204

38-2

 事務所にて。


 テーブルの向こうにはソファに座っているメイヤ君の姿。

 互いの前には熱いコーヒーがある。


「ファリン君が十三歳になるまで、私は彼女の家庭教師をしていた」

「家庭教師って、マオさんってば、そんなことまで請け負っていたのですか?」

「そうなるに至った経緯を話し出すと少し長くなるんだけれど、もう五年以上も前になるのかな。立てこもり事件が起きたんだ。その被害者がファリン君だった」

「立てこもり事件ですか」

「ああ。場所は『画材屋』だった。ファリン君には専属の運転手がいて、その男性が店内にいればまた違ったことになっていたのかもしれないけれど、すぐに用事は済むからということで、彼は車の中で待機していた」

「それでそれで?」

「犯人はファリン君を人質にとって、金を要求した。そんな真似をしても、成功する確率なんて限りなくゼロパーセントに近いのにね。だけど、危険な状況であることは事実であり、だから、警察も安易には突入できなかった」

「ネゴシエートする必要性が生じたということですね?」

「その通りだ。そして、その交渉役として、私に白羽の矢が立った」

「どうしてマオさんが呼ばれたのですか?」

「担当はミン刑事だった。私には交渉術の心得なんてないんだけれど、彼は自分より私のほうが器用にやるだろうと踏んだらしい」

「結果として上手くいった?」

「今なら比較的軽い罪で済むと説きつつ、状況を続ければ未来はないと適度に脅しをかけたんだ。そしたら案外あっさりとファリン君は解放され、犯人を逮捕することができた」

「おぉ、名探偵の面目躍如ではありませんか」

「名探偵かな」

「そうですよぅ。我があるじは、名、名、名探偵なのです」

「まあ、その点はどうでもいいとして」

「めいっぱい褒めて差し上げているのに、どうでもいいとかっ」

「話を進めるよ。事後、ミン刑事は余計なことをしてくれてね」

「余計なこと?」

「娘が無事に返ってきたことから、当然、ご両親は最大限の謝意を警察に示した。だけど、実は警察がやり遂げたわけじゃないってことを、彼は先方に教えてしまったんだよ」

「事件解決にあたってマオさんが一役買ったということを、ミン刑事はご両親に伝えたということですか?」

「うん」

「だけど、それって本当のことではありませんか」

「まあ、そうなんだけど。話を続けよう。ファリン君の実家は『郊外の丘』にある。彼女は資産家の娘だということだ。ぜひともお礼がしたいということで、私はお父上に邸宅へと招かれた。とんでもなく豪勢な食事を出されて、とんでもない額の謝礼を寄越そうとしてきた。ごちそうはいただいた。だけど、お金については一部しか受け取らなかった」

「金持ちからはふんだくる主義ではなかったのですか?」

「ご両親は涙ながらに、私に向かって、ありがとう、ありがとうと述べたんだ。そんなヒト達から、ふんだくるわけにはいかないよ。そして、そういった私の態度が、彼らからの信用に繋がったんだろうと思う」

「ああ、なるほど。話が読めてきましたですよ。それで、ご令嬢であるファリンさんの家庭教師をしてくれないかって、お願いされたわけですね」

「そういうことだ。私にはがくなんてないって訴えたんだけれど、それでもいいから娘の面倒を見てくれないかって頼まれたんだ」

「ですけど、立派な家柄にあるお嬢様であれば、家庭教師なんてすでにいたのではありませんか?」

「それがね、その時はいなかったんだよ」

「というと?」

「ファリン君は結構な問題児だったんだ。だから、家庭教師もとっかえひっかえだった。今でこそ、清楚で淑やかで、しっかりしているみたいだけれど、当時十一歳だった彼女の性格は、それはもうヒドいものだった」

「どうヒドかったのですか?」

「無礼である上に生意気だった。大人を怒らせるにあたっては天才的だった。私が担当した当初も、何を教えても、わかりませーんを連発してくれた。くちゃくちゃガムまで噛んでいたよ。あるいは真剣に彼女に教えを説こうとする人物はいたのかもしれない。何より報酬が良かったしね。しかし、彼らにどれだけ勉強を見てもらったところで、彼女の成績は向上しなかった。だから解雇に解雇を重ねてきたと、ご両親から聞かされた」

「とはいえ、マオさんはやがて慕われるようになったのですよね? 十一歳、十二歳、十三歳ですか? 計三年、お役目をつとめられたわけですから」

「彼女の油絵を褒めたことがきっかけだった」

「絵を褒めた?」

「そうだ。彼女の部屋には彼女が描いた絵が飾られていて、ある時、私はその絵を上手だねって称賛したんだよ。そしたら態度が一変したんだ」

「でもでも、なんとかして彼女に懐いてもらおうとして、同じように褒め称えた家庭教師もいたのではありませんか?」

「そうだったみたいだけど、私の場合、ちょっと違ったことを言ったらしくてね。ここをもっとこうしたら、今よりもっといい絵になるんじゃないかとか、そんな感じで指摘したんだよ。私は絵に詳しいわけではないんだから、あれこれ語るのはおかしな話だよね。でも、彼女からすれば、それが新鮮だったらしい。絵を描くたびに私にどうだって見せてくるようになった。要は信頼されるようになったということだ」

「で、彼女の成績は上がったのですか?」

「テストで点数をとることに興味がないというだけであって、元から賢い子だったんだよ。学年トップをとるのに時間はかからなかった。先に言った通り、がくがないから、私は彼女には勉強しなさいと促しただけだったけれど」

「マオさんにはヒトを育てる才能もあるということですね。だったら私もお勉強を教わろうかなあ、なんて」

「みたびになる。私にはがくがない。君のほうが国語も数学も歴史も知っているだろう。教えてあげられることなんて、何一つとしてないよ」


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