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超Q探偵  作者: XI
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37.『等号否定』 37-1

 デスクに突っ伏して眠っていた私が目を覚ますと、ソファの上でぐーすか寝ていたはずのメイヤ君の姿がなかった。今日も今日とて外回りの営業に出掛けたのだろう。白い壁の高いところに引っ掛けてある丸い時計を見ると時刻は正午過ぎ。


 やかんをコンロにかけ、インスタントのコーヒーを淹れ、カップを手にデスクに戻った。卓上には朝刊。メイヤ君が郵便受けから取って置いていってくれたのだ。それを広げ、紙面に目を通す。最近、お寝坊さんな気がしている。どうにも調子良く起きることができない。疲れているのだろうか? その自覚はない。疲労ともストレスとも無縁であるよう日々を過ごしているつもりだ。


 外から「マオさーん、ドアを開けてくださーい!」と大きな声がしたので新聞を置いて立ち上がった。出入り口の鉄扉を押し開けると、やはりメイヤ君の姿。右腕で茶色いブーツを抱き、左手にはボルサリーノをさげている。全身びしょびしょだ。白いTシャツはねずみ色に濁っていて、綺麗な金髪は著しく濡れている。彼女から漂ってくるのは悪臭だ。訊かずとも経緯はなんとなく把握できた。


「川遊びかい?」

「どうしてそんな意地悪をおっしゃるのですか」

「曇天の外では電線がひゅんひゅん鳴っている。風が強いということだ」

「そういうことなのです。その風にあおられて、ボルサリーノが飛ばされてしまったのですよ」


 メイヤ君が事務所に足を踏み入れる。黒いニーハイソックスを着用しているのだが、ブーツを履いていないせいで、ほとんど裸足であると言っていい。


「足の裏は大丈夫かい? 傷を負ってやしないかい?」

「だいじょーぶです。気をつけて歩いてきましたので」


 メイヤ君は上から下まで着衣を脱いだ。あっという間にピンク色の下着姿になる。見てはいけないものだとは思わないが、じっと見ているのも変な話だ。私はくるりと身を翻し、デスクに戻り、改めて新聞を広げた。


「確認だけど、橋を渡っている最中に風にあおられてボルサリーノが飛ばされた。それがどぶ川の流木の先にでも引っかかった。だから君は慌ててブーツだけ脱いで川に飛び込んだ。そういったところかな?」

「まさにそういうことなのですよ」

「ジャケットはどうしたんだい?」

「どぶ川に放り捨ててきました」

「不法投棄だね」

「はい。悲惨で無残な不法投棄なのです」


 不機嫌そうな口調でそう言ったメイヤ君である。ガサガサと音がする。Tシャツはおろか、スエード生地のミニスカートまでゴミ袋に詰め込んでいるのだろう。上下の下着まで放り込んだに違いない。


 ガサガサがやんだ。汚れた着衣を入れたゴミ袋の口を縛るところまで終えたのだと思われる。そのうち、「マオさん、もういいですよー」との声。新聞をよけるとメイヤ君が白いバスタオルで髪を拭きながら近づいてくる様子が見えた。黒い下着姿である。だからまた私は新聞で前を遮った。


「ご覧の通り、髪も体もひどく汚れてしまいましたので、とっととお風呂に行きたいです」

「銭湯は十六時からだ」

「待ち遠しいのです」

「おなかは? すいていないかい?」

「私は屋台でチャーハンを食べましたけれど。何か作りましょうか?」

「いや、いいよ。食べなきゃ死ぬってほどの空腹感はない」

「マオさんって体が大きいくせして小食ですよね」

「燃費がいいと言ってもらいたいな」

「にしても、あうー、ヤです。くさい自分が嫌なのです」


 自らどぶ川に飛び込んだのだ。だからって、自業自得だとは言わない。だって私がプレゼントしたボルサリーノを、彼女がどれだけ大切にしているのかはわかっているつもりだから。


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