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街の警察本部を訪れた。地下の霊安室にて記者の遺体とご対面。頭を鉄砲で撃ち抜かれた痕がある。どうやら背後から撃たれたらしい。それくらい、傷痕を観察すればすぐにわかる。
私とメイヤ君は警察署をあとにし、大通りへと出た。
「ちょっと悲惨な死に顔でしたね」
「うしろから銃撃されたわけだから。あんなものだよ」
「それにしても、どうして遺体をあらためようと?」
「あらためようと思ったわけじゃない。ただ手を合わせたかっただけだ」
「お優しいマオさんなのです」
「他意はないよ」
「これからどうしましょうか」
「例の編集長は肝心なことをいっさい明かさなかった。だから、もう一度訪ねてみる必要がある」
「編集長さんは話をしてくださるでしょうか」
「ことはそれなりに重大だからね。話してもらえないと、それはそれで困ったことになる」
「期待するしかないですね」
「もしくは話術でなんとかするか、だね」
「ということなら、マオさんは弁が立つからだいじょうぶだと思います」
「謝意を述べておこう」
「いえいえなのです」
翌日、再び編集長のもとを訪れた。
仕事場の奥にある彼のデスクには、今日も書類が広がっていた。
「やはりイーライ氏のことについてお伺いしたい」
「何か掴んだのか?」
「いいえ。特別、進展があったというわけではありませんが」
「要は俺から聞き出すしかないってことか」
「話していただけるまで、帰るつもりはありません」
「昨日はさっさと引きあげたのに、か?」
「昨日と今日とは違います」
「案外、しつこいんだな」
「探偵ですから」
「しょうがないな」編集長は後頭部をがしがしと掻いた。「イーライのヤツは、ある大物代議士の闇献金疑惑を追っていたんだよ」
「闇献金ですか。それで?」
「簡単なことだ。だから消されたんだろうさ」
「その代議士にまつわる悪い噂は本当だったということですね」
「多分な。だから、ウチの雑誌に載せることも考えた。だが、上から不当な圧力をかけられた」
「貴方の上司は臆病風に吹かれたというわけだ」
「ああ。しかたがないものはしかたがない」
「ですが、私は目の前にある事件は片付けます」
「正義の味方のご登場ってか?」
「まさか。自分が設けたルールに従うというだけです」
「代議士先生の事務所はビジネスのメッカ、『道蓮フロント』にある。ここからは、ちと遠いってことだ。だが、週末は決まって、『郊外の丘』に構えている屋敷にいるらしい」
「でしたら、そちらを訪ねてみるとします。比較的、近場ですからね。代議士先生の具体的な居所を教えていただきたい」
編集長はメモを記し、それを渡してきた。確かに住所が書いてある。
「承知しました。ありがとうございます」
「フリーの記者なんて使い捨ての駒だ。とはいえ、正直言うと、アンタがことの真相を探ることで、それがイーライの弔い合戦になればいいとも思っている」
「ふむ」
「イーライはいいヤツだったんだよ」
出版社を出た。
メイヤ君がとことこ歩き、私の隣に並んだ。
「週末に屋敷を訪ねてみるのですね?」
「そうだけど、見知らぬ人物を家に上げたりはしないだろう」
「じゃあ、どうされるのですか?」
「なるようになるよ」
「そうなのですか?」
「おさまるところにおさまる。事件というのは、総じてそういうものなんだ」
週末の土曜日、一応、代議士先生の家を訪ねてみた。やはり「誰も通すな」と言われてるらしく、文字通り門番から門前払いを食らった。まあ、しょうがのないことであり、予想の範疇の反応でもあった。
私とメイヤ君は待ってもらっていたタクシーに乗り込み、『開花路』への家路へとついたのだった。




