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超Q探偵  作者: XI
154/204

34-4

 翌日の十一時過ぎ。


 黄ばみが目立つコンクリート造りの建物の二階、『フェイ・クリニック』を訪れた。今日もそれなりに客がいる。待合室に患者が四人。内訳は男性二人、女性二人。いずれも丸椅子に座っている。彼らがはけたところで、ようやく「次」とお呼びがかかった。順番が回ってきたのである。丸椅子から立ち上がったメイヤ君は、「よしっ」と言って、両のほおをぱんぱんと叩いた。メイヤ君からすれば、彼女と対面するのはそれなりに気合いを要することなのだろう。まあ、無理もない。一般的に言うと、フェイ先生は怖い人物なのだから。


 私が診察室へと続く水色のカーテンを開けるなり、「なんだ、おまえか」という、フェイ先生の素っ気ない反応があった。「女を抱きたくなったのか?」とかいきなり言う。「だったら閉店まで待っていろ。やぶさかじゃあない」とか付け足してくる。細い眼鏡に涼やかな目元。黒い着衣の上に白衣。彼女は今日も実に妖艶だ。


「そんなことさせませんからっ!」メイヤ君が勢い良く声を上げた。「ダメです、そんなの。愛がないセックスとかダメなのですっ!」

「おまえは、えっと、誰だったか……」

「メイヤです。メイヤ・ガブリエルソンです!」

「聞いたことがないな」

「嘘です、そんなの!」

「ピーピーわめくな。この小娘が」

「こ、小娘とかっ!」

「おまえの想像の範疇にはないんだろうな。私とマオのセックスがどれほど濃密なものなのか。言っておくが、私もマオも結構、変態だぞ?」

「へ、変態とかっ!」


 とりあえず、メイヤ君を患者用の丸椅子に座らせた。彼女はこちらを見上げ、「マオさんは変態なのですか!?」とか訊いてきた。「変態じゃないよ」といなした上で「私は至ってフツウだと思う」と釘まで刺したのだが、「マオさんは変態です!」という回答が返ってきた。どうやらメイヤ君は興奮しすぎてわけがわからなくなっているらしい。


「マオ、しゃべるのはおまえだけでいい。このガキには話が通じんようだからな」

「このガキとかっ!」

「メイヤ君、いい加減、ちょっと静かにしていなさい」


 私はメイヤ君のボルサリーノの上にぽんと手をやった。すると彼女はようやく落ち着いたようで、ふーっと長い吐息をついた。ジャケットの内ポケットから取り出したメモ帳とペンを構えたのだった。


「改めましてこんにちは、フェイ先生」

「挨拶はいい。どうせ、先の二つの事件について、何か話を持ってきたんだろう?」

「相変わらず勘がいい。アンテナは張っていらっしゃるようですね」

「私だって新聞を読んだりテレビを見たりはするんだよ。で、過去の三件と今回の二件の事件とでは、指紋からして違っているようだが」

「その通りです」

「ミンのヤツが朝一でここを訪れた」

「ミン刑事が?」

「ああ。いの一番におまえの顔が見たくなったと言われた。気味の悪いことだ」

「用件については?」

「率直にこの度の事件のことかと尋ねたら、そうだと答えて、苦笑ばかり浮かべていたよ。それだけで、私はピンと来た」

「私がフェイ先生の立場でも、同じように感じたことでしょうね」

「私とおまえが同列だと? 馬鹿を抜かせ、ほうめ」

「あまり馬鹿だのほうだの言わないでください。傷つきやすいんですから」

「嘘をつけ」

「ええ。冗談ですよ」

「えっ、えっ?」と、メイヤ君が不思議そうな声を発した。「お二人は何をお話しになられているのですか?」

「ミン刑事はもう、犯人を割り出しているってことだよ」

「えっ、そうなのですか?」

「ああ。彼なら、真っ先に『その線』を洗ったはずだ。何をするより手っ取り早いからね」

「えぇっと要するに、それって指紋が誰のものか、わかっているってことですよね?」

「そうだ」

「一体、どうしてそんなことが……あっ!」

「見当がついたかい?」

「警察官のみなさんの個人情報、例えば、指紋なんかはデータベースにあるとか……?」

「うん。いい視点だ。それは当然のことだろう。そして、警察官なら身分を名乗った上で手帳を見せれば迎え入れてもらえる。例え夜であろうとね。訪ねた理由については適当な文言を並べ立てればいい。なんとでもなる」

「えっ、じゃあ、ひょっとして……」

「犯人はどうせくだらん若造なんだろう。なんらかの格好でオリジナルに感化されたに違いないが、だからこそお里が知れる。愚かしい話だ。この街もそう長くはないな」

「また『パノプティコン』でも持ち出されますか?」

「街や国を『いち』から作り直せと言われたら、私ならそうするさ」

「えっと、はーい……」メイヤ君がおずおずと挙手した。「『パノプティコン』について、もう少し、お伺いしたいのですけれど……」

「『ベンサム』は読んだのか?」

「そそ、それは……」

「どうせのっけの数行で投げ出したんだろう」

「あ、あうぅ。まずは『ガリバー旅行記』から頑張ってみますです……」

「一般的に評価すると、『スウィフト』は単にシニカルなだけなんだがな」


 私は「行こうか、メイヤ君」と呼びかけ、彼女を立たせた。「お邪魔しました、フェイ先生」


 すると、先生はデスクを手でぽんぽんと叩いた。


「いくらか置いていけ。ただでヒトの相手はせん」

「承知しました」


 私は懐から取り出した長財布から幾枚か紙幣を取り出して、それをデスクに置いたのだった。


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