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超Q探偵  作者: XI
149/204

33-5

 ジェン氏に先導され、とある『家具屋』を訪れた。こじんまりとしていて、少々さびれている感がある。だからこそ、古くからの伝統と技術が脈々と受け継がれているのではないか。私にはそう感じられた。職人気質という単語が、私は案外好きだったりする。


 店を前にしてジェン氏は肩をすぼめて見せた。入りにくいであろうことは言わずもがななので、こちらが率先して戸を開けた。入店するなり「いらっしゃいませ」と声をかけてくれた女性は六十といったところだろうか、細面の人物である。


 女性は「どうぞ、ゆっくり見てやってください」と穏やかなニュアンスで言う。「ウチの家具はどれも自慢の品ですよ」と、にこやかに続けた。


 まごつく理由はない。


 だから率直に切り出すことに決め、私の背に隠れていたジェン氏に隣に立ってもらった。六十ほどの女性はジェン氏を見て、少々驚いた様子だった。だけど次の句は柔らかかった。


「ジェンちゃん、どうかしたのかい?」


 ジェン氏はとにかく申し訳なさそうな顔をしたままで、言の葉をを紡げないでいる。そのうち口元を両手でふさぎ、屈み込んでしまった。「ごめんなさい、ごめんなさい……」と、うめくように言う。「サムお義父様、チュンお義母様、私は裏切りません、裏切ったりしませんから……」などと、くぐもった声を漏らしたりもする。「裏切りませんから……」とまた言って、嗚咽を漏らし始めた。


 お義母様はチュン氏というらしい。チュン氏はしゃがんで「本当にどうしたんだい?」とジェン氏に問いかけた。「何かあったのかい?」


「あの、その……」

「遠慮せずに、言ってごらん?」

「私は、私は、とある男性から一緒にならないかと言われていて。だけど、いいんです。私のことはどうだっていいんです。信じてください。私はお義父様とお義母様を裏切るような真似は絶対にしませんから……」


 そういうことかと合点がいったような顔をしたチュン氏である。


「いいんだよ、ジェンちゃん。ジェンちゃんは自分の幸せだけ考えていればいいんだよ?」

「でも、でも、お義母様……」


「入ってもらえ!」


 奥の間からそんな大きな声が響いた。本当に大きな声だった。


 チュン氏に導かれる格好で、奥の間にお邪魔した。ジェン氏、私、メイヤ君の順で、である。畳間だ。珍しい。主人はいきな人物なのだろうと予感させられた。


 その主人らしき人物は、ごましお頭にランニングシャツ姿。細君に違いないチュン氏と同じく、やはり六十くらいの年恰好である。私達に腰を下ろすように言った。


「サムお義父様で間違いありませんか?」私はそう尋ねた。

「ああ、そうだ」という答えが返ってきた。

「色々とあれがあれでこうでして、だから私は貴方の前にいたりします」

「面白い言い方をするんだな」言って、サム氏は「はっは」と笑った。「で、アンタは誰なんだ?」

「探偵をやっています」

「そうか。探偵さんか。変わった職をやっているんだな」

「それは自覚しています」

「ジェンちゃんが話を持っていったのか?」

「厳密に言うと違いますが。そのへんの事情はどうだっていいでしょう?」

「なんでもするのか、アンタは」

「そうですね。そこのところは否定できない」

「まあ、それこそ、そんなことはどうだっていいな。ジェンちゃんと女房との会話は大方、聞こえていた」

「ええ。ジェン氏は求婚されているようですよ」

「ま、マオさん、ですから、やめてください」ジェン氏が訴えかけてきた。「そんなこと、けっして言ってはいけなくて……」

「どうして言っちゃいけないんだ?」そう言ったのはサム氏である。「そんなこと、いくらでも言ってくれていいんだ」

「でも、でも……」

「わかっているさ。ウロのことだろう?」


 話の流れから察するに、ウロというのが未亡人であるジェン氏の子だと思われる。ウロは男性の名だ。だから少年なのだろう。七つを迎えたと聞いた覚えがある。


「ウロはお義父様とお義母様のことを、とても慕っています。本当に、そうなんです」

「だからジェンちゃんは考えた。わしらのことをほっぽらかしにして再婚なんてできないって言うんだな?」


 その通りだろうと思った。ジェン氏が新たな男性と一緒になると、糸が途切れてしまうのだ。いや、かたちとしてはウロ氏の祖父母はサム氏とチュン氏ということに変わりないが、嫁ぎたいと考えている家にもきっとご両親がいるわけで、となると、実質的には彼らがウロ氏の新たな祖父母ということになる。なってしまう。要するに、ジェン氏が再婚すると、サム氏とチュン氏は自らの孫を失ってしまうということになるのだ


「ごめんなさい、お義父様、お義母様。でも私、どうしても彼と一緒になりたくて。誠実なかたなんです、とても……」


 ジェン氏の言葉を受け取ったサム氏は「だったら、何も怖がることはないじゃないか」と微笑み言った。「いいんだよ、ジェンちゃん。わしらのことは、どうだっていいんだ」


「またウロを連れて、ここに来ます。約束します」

「いいんだよ、そんなことは気にしなくて」

「ですけど……」

「とにかく幸せになりなさい」

「ごめんなさい、ごめんなさい…」


 ジェン氏はちゃぶ台に突っ伏し、それはもう大きな声で泣いたのだった。


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