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メイヤ君と店内へと足を踏み入れた。ねずみ色のコンクリートの床に置かれたすのこの上に、米袋が整然と詰まれている。店の主人である女性に奥の部屋に促された。ピカピカの板の間である。「どうぞ」と勧められ、私とメイヤ君はそれぞれ座布団の上に腰を落ち着けた。
ほうじ茶を出してもらえた。口にすると胸がほんのり温かくなる。
四角いちゃぶ台。私とメイヤ君の向かいに女性が座った。その直後に「奥さーん」と表から声がかかり、彼女は「はーい」と返事をしつつ、窓口へと向かった。煙草の注文だろうか。
戻ってくると、改めて、女性は私の前に腰を下ろした。
「本当に、フェイ先生にもお話しできなかったことなんですけれど……」
「しかし、私にはお話しください。力になりますから」
「夫を亡くしたんです。二年ほど前に……」
「その旨はフェイ先生から伺いました。交通事故だったそうですね?」
「はい……」
「で?」
「あの、実は……」
「ええ」
「その、一緒にならないかと言ってくださる男性がいるんです」
「それだけ聞くと、おめでたい話であるように思えますが」
「私には七つになる息子がいるんです。息子は『彼』にとても懐いています。ですけど……」
「再婚できない理由があるんですか?」
「亡くなった夫のご両親は、お二人とも、とてもいいかたなんです」
そう言うと、女性はぽろぽろと涙をこぼし、両手で顔を覆ってしまった。しくしくという音が聞こえてきそうである。
「お義父様もお義母様も、独り身になってしまった私のことを心配して、いつも良くしてくださるんです。煙草も買ってくださいます。お米も買ってくださいます。そんなお二人のことを蔑ろにして新しい男性と一緒になる。それってあまりにも不義理なことではありませんか?」
「なるほど。そういった事情がおありでしたか。ならば、悩まれて当然だ」
「どうしたらいいのか、正直、私にはわからないんです。本当に、どうしたらいいのか、わからなくって……」
「ということであれば、そのお義父様とお義母様のところへ、行ってみるしかありませんね」
「……えっ?」
「どうか私を連れていってやってください」
女性は憤ったような顔を向けてきた。それはそうだ。私の言ったこと、またしようとしていることは出しゃばりなことでしかない。おせっかいでしかない。だけど、とにかく彼女の力になりたいのだ。図々しく、またいい加減で、だからこそ軽薄に見えてしまうであろう私にだって、優しさの断片くらいはあるのである。
「ですから、貴方に何ができるっていうんですか」
「私は探偵です。それ以上でも以下でもない。加えてお会いしたばかりです。私のことを信用できないのはわかります。が、それでも信じていただきたい。貴女に不幸をもたらすような真似は、絶対にしません。そう約束します」
女性は涙に濡れた顔で、鼻をすすりながら、こちらを見る。
「貴女のお名前を、お聞かせ願いたい」
「……ジェンと申します」
「ではジェンさん、泣くのはやめて、胸を張ってください」
「胸を張る? どうしてですか……?」
「泣いているばかりでは何も進まないからです。肩を落とさず背を正してください。うつむくことなく顔を上げてください。元気良く行きましょう」
「そんなの、無理です……」
「貴女は何も悪いことはしていない。だったら前を向くべきです」
私がそんなことを言ってしまったものだから、ジェン氏はまたぽろぽろと涙を流してしまったのだった。




