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超Q探偵  作者: XI
144/204

32-3

 訪れた先は教会だった。三角屋根のてっぺんに白い十字架が掲げられている。建物の中に入った途端、埃っぽさに見舞われた。廊下ががまっすぐに続いていて、その先には教壇、廊下の両脇には長椅子が幾つか備え付けられている。長椅子の前には長い机。ただの教会ではないらしい。教壇に教師が立ち、少年少女らが並んで机に向かい、教科書とノートを広げている様子が想像できた。


 その印象から、「ここは孤児院ですね?」と私は訊いた。

「ええ」と絵描きは答えた。「正確には『孤児院だった』という言い方になりますけれど」


 彼はこちらに背を向けたまま、天井のステンドグラスを仰いでいる。


「貴方はここの住人だった」

「そうです。僕にはその記憶はありませんけれど、まだ幼い時分に預けられたという話でした。両親は僕を養っていけるような経済状況にはなかったんだって思うことにしています」

「貴方の恋人さんと出会ったのも、ここでのことですか?」

「はい。物心がついたばかりの時に、彼女もまた、ここを訪れることになったんです。目の見えない子供なんてなんの役にも立たない。多分、両親がそう思ってのことだろうという話でした」

「ヒドすぎる話です……」

「そう言ってくださるメイヤさんは、とても優しいかたなんだと思います」絵描きは続ける。「僕達の世代が最後だったんですよ。ここが廃れてから、もう五年も経つんです。それでも取り壊されずに建物は残っている。誰もがこの場所を、この土地を、要らないと判断しているからでしょう。何せ、街外れですしね」


 訊くべきことが見当たらない。メイヤ君もそうみたいだ。ただ鼻をすすっている。


「僕は誰にも必要とされなかった。彼女もそうです。だからこそ、一緒に強く、頑張って生きようと、ここで誓ったんです。彼女と初めて手をつないだ場所がここでした。彼女と初めてキスをしたのも、この場所でした」


 黙って、先が紡がれるのを待った。


「彼女は活発な女性でした。だから家に引きこもることを良しとしなくて。彼女は外に出たいと言い続けていました。この世界と関わり合いを持ちたいと言っていたんです。それは多分、『せい』を実感したかったからなんだと思います」


 つらい話だと思った。キツい話だとも思わされた。彼女が杖で前を探りながら歩いていた様子が目に浮かぶ。そして、彼女が無情にも車にはねられてしまった情景すら鮮明に思い描くことができてしまう。


「僕はもう泣きません」という言葉は、絵描きの決意の表れだろう。「前向きに、前向きに。彼女がそう言っていたことが、心に焼きついてからです」


 メイヤ君が両手で口元を押さえ、しゃがみ込んだ。やはり悲しいらしい。


「でも、おかしいですよぅ。どうして恋人さんの命が奪われなくちゃならなかったんですかぁ? わたし、そんなの、ゆるせませんよぅ……」


 こちらを振り返った絵描きは、「ヒトはいつか死ぬんです」と割り切ったような笑顔を向けてきた。「彼女は最後まで、自分のしたいように生きて、そして死んだんです。彼女は何も悔いていないと思います」


「まったく、美談ですね」私は平べったい口調でそう言った。

「マオさん、どうしてそんなヒドいことをおっしゃるのですか?」メイヤ君は涙の混じった目でにらみつけてくる。

「美談は美談だよ。だからといって、私は彼を、彼らをさげすむつもりはない。お若い絵描きさん」

「はい」

「私は貴方の恋人さんと面識がない」

「はい」

「ですが、一生、その恋人さんのことを忘れることはないでしょう」

「そうか。そんなふうに言ってくださるかたが、この世界にはいるんですね……」

「できることなら、貴方が描いた恋人さんの絵をお譲りいただきたい。ダメならダメと言ってください」

「いいですよ。かまいません」

「えっ、いいんですか?」とメイヤ君が言った。「何よりの思い出の絵であるはずです。それを簡単に譲るだなんて……」

「どれだけ大切な絵だとしても、あなた達になら差し上げてもいい。そう思うんです」

「……わかりました。頂戴します。わたしの全財産をお支払いしますですよ」

「メイヤ君、君は馬鹿だね」

「馬鹿?」

「本当に大切なものをやり取りする時はね、お金なんて必要ないんだ」


 絵描きの青年は「メイヤさん、そういうことなんですよ」と言い、清々しいくらいの笑顔を向けてきたのだった。



 夕方、事務所に帰ってからのことだ。


 くだんの絵を壁に飾ったメイヤ君である。私に絵を愛でる趣味はないが、それでも色々と見てきたつもりだ。高い絵も見てきた。安い絵も見てきた。しかし、絵描きから譲り受けたこの絵は、どれとも比較しようがない。


 メイヤ君はじっと絵を見つめている。彼女の背後で、私も絵を見やる。


 私が「やはり、いい絵だ」と感想を述べると、メイヤ君は、うんうんとうなずいた。「綺麗な女性です、本当に」と彼女は続けた。


「目は見えなかったのかもしれない。だけど、描かれた目には力がある。実際、彼女の瞳には、確かな光が宿っていたんだろう」

「この美しい女性のことは、わたしも一生忘れません」

「そうありなさい」


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